キリムの店*キリムアートアトリエ
【Kilim Art Atelier】 キリムと絨毯販売
こだわりのキリムで作ったバッグや
クッションカバーも取り扱っています。
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新着のご案内


5/24
オールドM4「バクティアリ
人気の高いバクティアリのソフラ。
パンをこねる為のソフラは、あくまで調理道具であり汚れはつきもの、大した損傷は無くても多少なりとも壊れているのが普通です。
その点これはかなり程度が良く、大事に使われていた事が容易に推察できる程度の良さが自慢。
何せ、パン専用のキリムですから小麦粉の付着は仕方がなく、イランでは何の問題も無いばかりか、セールストークかもしれませんが、小麦粉の付いているものの方が良いものだと言われます。
もっとも、表(おもて)面は付着が殆ど気にならないレベルです。
天然色が多く見られるので、これもまずまずの年代があり、ベースも案外こなれています。
コットン地なので、これから暑くなってもお使い頂けます。
5/22 オールドM4「バルーチ
精巧さが売りのイラン・バルーチのソフラ。
大きくて重いイランのソフラとは印象が違い、気持ち薄手で軽く出来ています。
もしかすると持ち運ぶ用途があって、この様な気持ち小振りなソフラになったのかもしれません。
何よりバルーチの得意とするスザニは、立派なもの。
裏を見た時、小さなギョル模様までスザニになっているのには感心しました。
強固なスザニがあるので、多少使い込んでも安心感があります。
天然色系なので洗えますが、イランもの、特にバルーチは色素の結合が緩いので、安全の為、色止めが必要です。
5/17 オールドM4「カシュカイ
イランから取り寄せたソフラを少しばかり掲載します。
一昨年に入荷したものですが、昨年は掲載する機会を逸してしまいました。
ともあれ、流石にイランからは、本場ならではの珍しいキリムが毎回見つかります。
ただ、トルコと違うのは、良い物は既に海外に流失している事。
そして、革命後のイランには再び流入する事は稀です。
つまり、イラン国内にある物は革命前に売れなかった品々であり、大抵はダメージが多く、反対に状態が良い場合は非常に高価であり、どちらを取るかで悩みます。
今回はその中間辺り、ソフラならではの状態の良さがあったので買い取りました。
たぶん、持ち運ぶためのもので、私たちが想像するイランのソフラよりは一回り以上小さくできています。
その分、小さくカシュカイの文化が凝縮しているキリムです。

少し位のダメージなら修理すれば良いだけの話ですが、イランではそれが一筋縄では行きません。
修理人は途中で仕事を投げ出したり、わざとゆっくり仕事したり、急な祝になる事も多く、予定通りには進行せず、追加料金をせびります。
現地で顔聞きの古い絨毯屋に頼んで貰ってもこの有様、毎回、引き渡しの際は追加料金をよこせと言い合いになります。
その為、お世話になっている絨毯屋からは、「今、修理が済んだものを奪い取ってきた。ほとんど喧嘩の様だった。」と、興奮気味にメールが届く程。
日本国内で流通するイランものが傷を直さないまま売られているのは、そういった理由からです。
しかし、私は修理ができるまで1年でも2年でも待ちます。
普通の業者さんなら根を上げて引き取るところ、「約束は守れ。」と粘り強く交渉するので、相手も安請け合いはできません。
こう言った過去の経緯もあり、わざわざイランまで行く事もなく、実際に訪問する以上のコストパフォーマンスで披露する事が出来ます。
5/15 オールドL4「カーズマン
予期せぬ事態で手に入れたカーズマン。
当時、ソフィアでシャルキョイの商談中にこれを見つけました。
その時、とっさに何が起こったのか理解できませんでした。
変わったキリムがあると自慢するために私に見せているのか?
でも、その割りに全然珍しくは無い、これは?と思った程。
落ち着いて話を聞くと、これも売り物なのだそうです。
カラフルなセッヂャーデのシャルキョイばかり見ていて、いきなり、この細長いカーズマンがどうか?と言われても・・・という感じで、申し訳ないですが、これは要らないと断りました。
しかし、相手はどうしても売りたいらしく、かなり安くしてくれました。
後で分かった事ですが、バイヤーの方自身、トルコ系である事は秘密にして生活しており、隠す様に所持していた事から、どうしても売り払ってしまいたかったのだと思います。
しかし、ただ安いだけが魅力ではなく、その模様構成の手の入れようは半端ではありません。
櫛模様が盛んに用いられている事から、婚礼用なのかもしれないと思わせる、結構良いキリムです。
それにしても黒海をはるばる超えてヨーロッパまで行くとは・・・。
アナトリアを縦断した可能性もあるにはあるのですが、何故か、カーズマンだけがシャルキョイ圏で見つかるのです。
何らかの理由で、アナトリアを縦断する方の危険が高いと考え、ソビエトを横断していったという筋書きが成り立ちます。
アルメニア人の家系でしょうか?
皆さんはどう考えられるでしょうか?
5/10 オールドL4「ハッキャリ
ワンで織られたワンのキリム。
カテゴリーでは新作になりますが、今ではこれらニューキリムは「新しくない」という意味でのオールドとして扱われます。
何故、このワンが今頃になって出てきたのか定かではありませんが、これを買い取ったトルコ国内の業者が在庫として持っておいたものではないかと推察します。
かつて、イスタンブルに限らず何れも都市でも絨毯・キリム屋家業が乱立し、観光客からぼったくりする事敬遠された上に、人件費の高騰によってトルコ国内でもキリム産業が衰退し、店を閉める者が後を立たず、在庫として保有していた新作キリムがこうして市場に出回ります。
でもこれはただ単に珍しいだけでなく、しっかりハッキャリの伝統模様が踏襲された良いキリム。
もし今これを再現しようとしたら、原価が2倍ではとても収まらないので、制作する者はありません。
5/ 8 オールドL4「ハルシン
イランはケルマンシャー州、ハルシン郡のキリム。
イスタンブルにもしばしば出回るキリムの1つであり、大抵は、キツイ化学染料のオンパレード。
その上に汚れがあり、洗っても硬化した汚れは取れません。
正直、タダと言われても処分に困る程で、問題のある物はタダ同然というのが実情。
しかし、日本ではそんな最低のハルシンが、堂々と高値で売られていたりします。
キリム屋は、「古い物だから汚れているのは仕方がない」等とあの手この手で誤魔化します。
もしも買った人は災難でしかないでしょう。
一方で、少し年代のあるものは天然色が使われ、デザインには好き嫌いはあるかもしれませんが、キリムは美しく、扱い易く、敷物として重宝し、結構、人気があるのも事実。
そう、同じクルド人のハッキャリキリムのようなのです。
茜やインディゴによる染めは、常に濃淡が異なります。
それが色むらとなって現れますが、それを一枚のキリムの中で織り交ぜて行くのが腕の見せ所であり、これは上手くまとめあげている作品です。
5/ 3 オールドM3「カラバー
カラバーの中でもアルメニアン・カラバーに分類されるキリム。
初めて見た時、文字か数字の様な物があるとは分りましたが、年代だという事までは気が廻りませんでした。私の場合、天然色を見て年代を判断するので、基本的に、織り込まれた年代は無視します。
そして、天然色の青や緑から80年位あるキリムと思って買い付けましたので、想定より少し若かったのは残念なところですが、カラバーのキリムはいつも古い時代の天然色が見られます。

カラバーのキリムは織りが整って申し分無くても、単調な模様の繰り返しで面白みがないと感じられる方も多いのではないかと思います。
しかし、それらは背面が黒くて安いタイプのカラバーです。
(※稀に赤もあります。)

ずっと以前の話ですが、人気が無いので、大きなサイズでも原価200ドルという破格値、それが日本に来ると10数万円にもなります。
それは年代が古い事に加え、アルメニア産であり、織り手の技量が優れて色美しい上にデザインも見ていて飽きません。
良い意味でカラバーに裏切られた気がします。
実際に手にとってご覧頂くと、多彩な色むらが意図的に組み込まれていて、大変だっただろうとその労力が偲ばれます。
5/ 1 オールドM3「マナストゥル
昨今、殆ど出回る事がなくなったマナストゥル。
以前はブルガリアから持ち込まれる事が多かったですが、この数年で状況は変わり、本国には殆ど残っておらず、アナトリアに移住した家族が持っていたもの、又は、業者が在庫を売りに出す等の時にしか見つかりません。
色合いが好みでないだの、状態が悪いだのと言っておられませんが、幸い、これは無傷の状態で見つかりました。
色合いでは、日本のお客様向けには青色が多い方が良かったかもしれませんが、残念ながらこの年代で青は化学染料になってしまいます。
説明に記した通り、上の房が内側に入り込んでおり、卸屋は再三カットを勧めましたが、私がずっと悩んでこのマナストゥルの前で固まってしまったので、オリジナルのままで提供する事になりました。
カットはいつでも出来ますが、切った後ではもう元に戻す事は出来ないと思うからです。
稀に、この様な形状がお気に召さない方がいらっしゃいますが、もし、そこまで完璧な物を求めるなら、クムやイスファハン等の工房物を買えば良く、キリムではある程度までの手仕事の不具合を看過してあげなくてはならず、それがまたキリムらしさ、魅力なのだと思います。
4/26 オールドM3「ウシャク
ウシャクのモデルにパムッカレ地方の緩やかな味付けがされ、エシュメのとても詰まった織りで仕上げられたキリム。
正確なデザインの上に、細やかな気配りの効いたデザインは、日本人の一般的な趣向に合ったキリムだと思います。
その上に、南方の遊牧民系の味付けが加わる事で、一層ビジーで華やかな色彩となっている所が見所。
使われていたキリムの様には見えず、織られてからは、ずっと仕舞込んであったものだと思います。
しばらく前に買い付けたものですが、最近、このグレードのものはめっきり見つかりません。
今まで通り買い付け価格をベースに値段を設定していたのでは、キリム屋は続けて居られなくなるくらい、品数が減って高くなっています。
もしマラティアでキリムが見つかるなら安くて良い物手に入るでしょうが、絨毯と違って、マラティアにはキリムは殆ど残っていません。
将来を考えると、悩みは尽きません。
4/24 オールドM3「アナムル
アナムルの近隣地域で織られた白いキリム。
大抵が赤色をメインにした色使いとなる中、これは無染色の白をベースにしたもの。
ムットのチュアルの様な黒いキリムに白い縞模様ならありそうですが、これはその反対。
ありそうで余りなく、稀に見つけても白いキリム故のトラブルがあり、未使用に近いものしか買い付ける事はありませんが、今回は久々に良い物に出会えました。
白いキリムの中にも景色があり、白地が自然な濃淡によって色変わりになる所に目立つ様にジジムを配置、何か伝えたい事があってこのジジムが織り込まれています。
意味あり気ですが、何なのでしょう?
基本、細く紡いだ糸で織られる上質なキリムであり、この地方ならではの低価格も魅力的です。
4/17
&19
アンティーク・レイハンル・クッションカバー
予想されたかと思いますが、先日のレイハンルをカットしました。
折角、あの形で残っていたので、そのまま買い取って販売すれば良いのですが、他のキリム同様に修繕してキリムに仕立ててもボーダーが欠損している分、正規の価格では販売が難しく、そうかと言って、卸屋も安く買い取ってないからと強気の価格を提示してくるので、採算がうまく取れません。
目利きの卸屋の事ですから、高く売れるのではないかと目論んでしたのではないかと推察します。
その為、以降は特に尋ねる事はせず、このレイハンルはその後数年間、元の画像のままの状態で卸屋の店内にありました。
ある日、クッションカバーに出来る古いキリムはないかと尋ねると、すでに記憶から消え去りつつあったこのキリムを彼が出してくれました。
彼の厚意に感謝し、二つ返事で分かったとのみ返答するとこうしてクッションカバーになったものが届きました。(価格交渉なし。)

枚数が多いので、2度に分けてご紹介します。
なお、キリムそのものがとても艶やかな為、通常の撮影だと暗く写ってしまいました。
その為、2~3度も撮影をやり直しましたが、未だ暗めのものがありますので、他の画像を参考にして下さい。
化学染料なら暗い方が古そうに見えるから見過ごせますが、天然色の醍醐味は明るくしないと認識出し難く、色味が上手く読み取れないと思います。
でも、どれを選ばれてもハズレはありません。
2種類の緑色は勿論の事、なすび色、水色、青色等、何れも美しく、白ですら艶やかで美しいと感じます。

40cmの他、45cmも数6枚あり、大判ならではの模様の大きさからくる迫力が感じられます。
もうこれ程状態の良いレイハンルはクッションカバーとしては手に入らないなので、少し贅沢ですが、手にした時の感動も大きいので、ご検討頂ければと思います。
4/12 素敵なキリム「アンティーク・レイハンル
アダナとハタイ、双方の影響下で制作されたようなキリムです。
時として、レイハンルのキリムは驚くほど薄手で品質に優れるものがありますが、これはそこまでのものではありません。
代わりに実用面で特化し、いつまでも色美しくこのキリムが家庭の主役である様にと考え抜いて制作されています。
糸の染めから織りに至るまで、高い職人基質が発揮されているレイハンルで、実際に敷いて使うのに向いたキリムです。
かつてこの手のキリム、良し悪しを言わなければ毎週の様に出てきていたものが、今はさっぱり見つかりません。
仮にあったとしても、破損が多すぎてクッションカバーにも使えないくらい。
その点これは、キリムとしても利用できる優れもの。
4/10 オールドM3「産地不明
心癒される見事な天然色の新作キリムを見つけましたので、ご紹介します。
新作キリムが大嫌いな人でも、これは別格だと思います。
緑色の色むら加減といい、悠然としたデザイン構成は機械的なものではなく、少し大袈裟かもしれませんが、下手なアンティークより素晴らしい。
カイセリの新作キリムすら、疾うの昔に採算が取れないとして国内生産は途絶えていますから、もうトルコ人の手によるトルコ産の天然色のキリムが復活する事は無いでしょう。
以前は人件費も安く、採算が合いましたが、今この様なものを作っていては一枚あたり何十万円にもなります。
天然色と呼ばれるもっと安価なものも見られますが、それらは平たんな色彩で、天然色と言われても素直に受け入れ難い色彩が使われています。
人によってはそちらの方が良いと言われかもしれません。
ただもし、この古いキリムを再現した色合いに魅力を感じ取って頂けるなら、これ以上のものは無いでしょう。
また、新しいキリムでは機械糸を大なり小なり混ぜる事で経費を抑えていますが、これは機械糸のカイセリの様なゴワゴワ感がありません。
これだけ費用を掛けているので、手紡ぎ糸を使用している可能性が高いと思われます。
古き良き時代を思い見て再興を試みた、良い作品です。
4/ 5 オールドM3「バラク
お祈り用サイズのバラク。
お祈りに使っていたなら一番傷み易い筈の踏み込みの部分が壊れておらず、上下共オリジナルの房が残っており、お祈り用ではなかったのかもしれません。
総じて単調なバラクが多い中、これは昔ながらの伝統的なデザインで丁寧に織られた感じのするものなので、久々に買い付けて来ました。
実に3~4年ぶりの入荷となります。
かつて、近代化、西洋化により、伝統文化は時代遅れだとして省みられる事はなく、キリムは無用のものとして売り払われ、一時期、市場に出回る分量も半端でなく、掃いて捨てる程大量にありました。
その時、機転の利いた業者がまとめて購入し、欧米に広く販売して成功を収め、その名がマイナーなブランド化し、バラクの事を知らない業者さえバラクの名前を指定して買いに来る程。
こうして密かに人気を博していたバラクも、既にその伝統は失われています。
カシュ地区は山間合いの土地であり、放牧には適していても目立った産業は無く、廃れる一方でしたが、政情が安定すると、小規模ながらリゾート地として観光産業で復活しました。
懐が豊かになると自然と独自の文化を守ろうとする動きが出てくるのは何も同じ。
文化センターを設立してバラクキリムを織るコースが設けられ、かつて、その担い手であった女性達が集まって現在、復興に力を注いでいます。
ネット上を検索すると、かつてバラクを織っていた人のリポート等も見られて興味的です。
トルコ語の為、今ひとつの自動翻訳機能でも、雰囲気だけは伝わってきます。
4/ 3 アンティーク・レイハンル・フラグメント
ハタイ圏、アレッポ近くの町で織られたと思われるレイハンル。
割と最近、買い付けました。
イスタンブルのキリム屋街を歩いて移動していると、メインストリートの道端にこれといくつかのオールドキリムが道端に並べてありました。
普段は横目に見て通り過ぎるのですが、流石に今回は立ち止まり、さらりと値段を聞くと、悪くない額。
値切り交渉次第では、もっと安くなるかもしれませんから、ここは腰を据えて交渉に入る事に。
まずは、盗品でないかと問い詰めました。
神に誓って盗んだものでないと言えるか?と。
そして今度は、キリムに盗品の痕跡が無いか、裏と表を念入りに確認。
ここで相手も観念したのか、このキリムが他人のもので、売れたお金をその人に支払う必要があると話してくれたので、幾ら支払うのか?と原価を尋ねるとすんなり答えが返って来ました。
これはある程度サバ読んであると踏み、原価+20ドルの利益で買い取ると言うと、無論、相手は拒否します。
互いに譲らない雰囲気で膠着しつつあり、真っ向勝負では中々落ちないと思ったので、少し提示価格を上げて、「提示した金額を呑むなら今すぐ現金を渡すが、拒むなら、もう次の店に行く。ギョルシュルズ(またね)。」と話すと、少し気持ちが揺らいだ様子。
間髪入れず、ドル札をチラつかせ、更に10ドルアップで頂きました。
厳しい交渉の様に思われるかもしれませんが、相手も百戦錬磨、マージンをきっちり確保するので、この勝負は引き分けだったと思います。
その後、次に会う予定のキリム屋さん、初めて会うので顔も知りませんでしたが、周りにいた人に〇〇ベイ(さん)は何処か?と尋ねると、僕だよ!と目の前にいる人から答えが返ってきました。
こちらは全く知りませんでしたが、もう10数年もキリム屋をしていると顔が割れている様です。
3/29 フラグメント「トルクメニスタン・ヤムット・絨毯
本家ヤムットのオールド絨毯です。
よくトルクメンとのみ表記して誤魔化される事があります。
つまり、トルクメンとは「トルコ風の」という事であり、イラン絨毯、パキスタン絨毯であろうが、機械織りであろうが、その範疇に含まれてしまいます。
また、その微妙に安価な価格に釣られる方もあるかと思います。
しかしこれは、紛れもなくオリジナルのトルクメニスタン産の絨毯。
下手に安価にしない方が良いのかもしれません。
それでも、アンティークではなく、パイルが擦り減った絨毯は利用価値がなく、買い手が見つからないので、結果として、安く手に入ります。
オークション等で安く買ったと思っていたら、並び立ててある美辞麗句は全くの偽りで、大損していたというのがよくある事です。
お金儲けのためならなんでもありがこの業界、ご自身の目利きに自信がない場合はリスクを冒さない方が無難かと思います。
もっとも、これは古いトルクメニスタンを十二分に彷彿とさせてくれる色合いであり、少なくとも価格以上のものです。
3/27 フラグメント「アンティーク・セネ・絨毯
セネの祈祷用絨毯。
キリムと比べ数が少なく、その上、絨毯はどれも酷使されているため、なかなか状態の良いものがありません。
正確には、ギャラリー等でお金持ちに販売するものなら多少はありますが、一般のお客様が買うのを躊躇するような価格が私の買い取り価格になるので、とても手が出ません。
その為、今までに手に入れたセネの絨毯は端切ればかり、どれもクッションカバーに加工してきました。
それですらかなり美しいものでしたが、これはフルスケールの絨毯そのもの。
表面はパイルが薄くなっていても触れると極上の肌触りがありますし、裏面にすれば絵画のような美しさと迫り来るものがあります。
価格の内訳は、絨毯クッションカバーを4~5枚と、ボーダーからパッチワークに加工したとしての積算であり、表面のパイルが薄い部分、私の作業代金等はサービスなので、頑張った割に儲けの少ないのが現実。
ただ、美しい天然色と極楽のようなヘラティ模様、そしてこの絨毯に特有のユニークな植物をあしらったメダリオンは現地でもかなり珍しがられた作品、鑑賞に値する秀作です。
3/22 フラグメント「アンティーク・.シナン・絨毯・ヤストック
シナンのヤストック絨毯。
とても素晴らしい絨毯なので、コレクションの頁に掲載するつもりでしたが、他との兼ね合いもあり、フラグメントの頁に載せる事にしました。

上下の角に破損はありますが、絨毯そのものへのダメージは軽微で、フルパイルで残っています。
もし少しでも多く利益を上げようとするなら、裏面を切り離し、表面の絨毯だけを綺麗に修理すれば、2度とは手に入らないシナンのフルパイル絨毯ヤストックとして、もう少し高い価格がつけられます。
しかし、今やマラティアですら古い糸は手に入りません。
わざわざ裏面を切り落とし、弱ったパイルを捨ててまで新しい機械糸で見栄えを取り繕うのは忍びがたいものがあります。
裏面のブラウンキリムにはパッチを縫い付けていた跡が残り、このヤストックを使用していた家庭で自ら補修をしながら大切に使っていた事が分かります。
もはや、これは当時の様子を伝える大切な文化的遺産であり、お金儲けのために細工をする事は避けたいので、このままの状態で提供しようと思います。
解説中の縫い止めについては、元のパイルと抑え糸を止めるように行いますので、見栄えを悪くする事はありません。
3/20 コレクション3「アンティーク・ヤムット・絨毯
おそらく完品としてご紹介するのは最後になるヤムットです。
穴の開いたものならまだ手に入りますが、この位程度が良くフルパイルのヤムットは、あるにはあるのですが、オーナーも高く仕入れており、また、入荷が無いと知っているので、安くは譲ってくれません。
実は、この他にももう一枚古いヤムットをイスタンブルで見つけていました。
その色彩はこれよりも更にピンク掛かっています。
「どうしたのか?」と尋ねると、クリーニングから戻ってきたらこんな色に変わったと言うのです。
彼はクリーニング屋が色落ちしないように薬品を混ぜた所為だと主張していました。
それなら何故、そんな粗悪なクリーニング屋に出したのでしょう?
実は、この様なトラブルは日々、結構発生しています。
以前には、エルズルムが洗いから戻るとミフラブの色がブラウンから緑に変わったのを見ましたし、同様に、他のエルズルムのボーダーは緑から黄色に変わりました。
冗談交じりにプレミアが付いたと笑い飛ばしましたが、キリム屋のおじさんは真っ青です。
古いキリム・絨毯は長い間、各地を転々としていますから、その間、誰かが何らかの薬品を塗布した可能性があり、普通なら無害なものでも、長い年月で酸化、それが水と結合する事で化学反応を起こす様なのです。
そうした事情で、古い絨毯・キリムは洗わないままで販売され、洗うかどうかは買い手に任せます。
その為、現状渡しの価格と洗った後の価格にはリスクが反映されている分、開きがあります。
勿論これも洗ってない状態で買い付けました。
そう、勝負の時です。
アゼルバイジャン経由で手に入れたアンティークのヤムットが一瞬にしてゴミに変わるか!、それともお宝になるか!
周りの人は皆、洗うのを反対しました。
ヤムットはパイルが密であり、そうでなくても、収縮が激しくて隠れたダメージがあると、それだけで破損が進むからです。
それも古ければ古い程リスクが高くなります。
そこで、絨毯屋のオーナーには、洗った後に何かしら変化が起こったとしても、それは買い手、つまり私の責任に帰するものであり、一切のクレームは言わないと宣誓をした上で、洗って貰う事にしました。
結果はご覧の通り、誰もが欲しがる素晴らしいヤムットになりました。
皆さんはネット上にある商品だけ見て判断する機会が多いと思います。
古物の世界ではそういった類のリスクは日常茶飯事、薬品に浸してウールが死んだキリムは、洗おうとバスタブに入れた瞬間に崩壊します。
それも安い価格ではなく結構高い価格で売られているものですら、そういうトラブルが発生するのです。
それだけに、今回は最後のチャンスに掛けて正解でした。
3/15 コレクション3「イスファハン・絨毯
古いペルシャ絨毯。
あるキリム屋の主人がかなり前、この手の絨毯がイスタンブルでよく売れていた時に仕入れたものですが、その後、本人が破産した事や、景気の後退で売れないと判断して、私のキリムと交換して手に入れました。
彼は店をたたむ決意をしているのだと思います。
もっとも、彼は絨毯について何も知りません。
この絨毯の事を、最も付加価値の高いカシャーンだと言っていました。
カシャーン=高い=儲かるという単純な考えしかできない人達です。
面倒なので、無視します。

フィールドはマシュハドのようなデザインですが、花柄はフィールドを埋めずに空白を設けてあります。
何よりマシュハドの古い絨毯は薄手ですが、これは厚手。
最初にイランの業者に見て貰った時、イスファハン近くの地方都市の名前を教えてくれたのですが、すっかり忘れてしまいました。
その後、イスタンブルのボスと話し、互いにイスファハンで一致したので、この様に表記する事にしました。

何せ価格は新作のペルシャ絨毯(※)より遥かに安いという異常な事態。
(※安く売られている2等級品のペルシャではなく、上級クラスとの比較です。)
これはアンティーク一歩手前、それ位の比較でなければ、釣り合いが取れません。
この手のペルシャも、イラン人の手に渡ると、軽くこの2倍は吹っかけられるでしょう。
それ以上かも
3/13 コレクション3「アンティーク・シナン・絨毯
とても手の込んだ祈祷用の絨毯。
勘を頼りに織り進む事が出来る部族系のざっくりとしたタイプではなく、緻密で精巧な作業により制作されたもの。
シナンの一般家庭で作れるレベルではなく、素材選びから仕上げに至るまで、熟練した人の手によるものです。
この手の絨毯の相場は3,000ドル前後と決まっていますが、安く買取・提供しているのは、裏面にサインがある為です。
トルコでは盗難防止の為にこういった名入れを行う事から、盗難品のイメージがあるので良心的な店では嫌われ、普通は買い取りませんが、後で気が付く事があり、原価割れでも手放そうとします。
一方で、そういうものばかり好んで買う人があるのは、以前にもご紹介したとおり。
ただ、これを売ってくれたのはマラティアで100年続く名士であり、マラティアで一番大きなアプリコットガーデンを持っていらっしゃる方。
その方の名刺を見せれば、マラティア市内は何処でも顔が聞きます(実証済み)。
そんな富豪が、小銭稼ぎのためにサイン入りの絨毯などを買う必要がないのです。
つい最近、買った後でサインがあったと分かったので、安く売ってしまいたいという要望がありましたので、譲り受けました。
ご興味のある方は、まずはお問い合わせ下さい。
私も今回の様に頼まれなければ、自ら買う事はしません。
3/ 8 コレクション3「フィリクル
トゥルと呼ばれる絨毯の一つです。
その中に、このフィリクルがあります。
私達がトゥルとして知っているものは実は英語の当て字であり、トルコ語では”tüylü”/テュルとなる為、欲しいものを探す際、最もトルコ人に伝え難いのがこちらです。
画像を見せるまで、言葉では絶対相手に伝わりません。
が、唯一、フィリクルと言うと、商魂たくましい彼らは敏感に感じるものがあり、高価なものをバザール中から探し出して見せてくれると思います。
かつて何度か目ぼしい物を見つけたとき、毛並みが失われているか、毛並みが良いものは、使えない位に大きな穴が開いています。
しかし、彼らは、容易に修理できると自信満々。
なぜなら、安価にこの様な毛の束が手に入るので、一部さえ残っていれば、フィリクルに復元する事が簡単に出来てしまうのです。
そのため、私自身、フィリクルはお勧めする事はしませんが、これだけ、唯一真っ当な品物でした。
トルコ中を探せば、まだ同等のものは見つかる可能性は十分にあるとは思います。
ただ、それが本当に良いものでこれより安く手には入るとは、余り考えられない所です。
3/ 6 絨毯ML「アルトゥンタバック
チャナッカレ絨毯の中で最も人気のあるアルトゥンタバック。
チャナッカレとだけ言えば他の絨毯もありますから、間違いのない様に伝えるなら、アルトゥンタバックが便利。
その名前を聞くだけで、良いもののようなニュアンスがあります。
(実際、レストランが好んでこの名を使います。
これでマズかったらどうするのでしょう?
少なくともカイセリの中心部、お城の近くにあるアルトゥンタバックは、イスケンデルンがとても美味しいレストランです。
有名店らしく、インターネット検索でもすぐにヒットします。)
少し脱線しましたが、大判の絨毯は在庫管理にも困るので、普段は見向きもしません。
最初はこれも要らないと断りましたが、どうしても売りたかったのか、原価ギリギリまで店主が下げてくれたので買い取りました。
マラティアですから、イスタンブルの値切りのレベルではありません。
この上に裏面の退色はサービスで頼めず、退色は広げておくだけなので簡単な作業、夏場に自分でやるつもりでこのまま買い取りました。
なお、万が一、これが早く売れた後でも、お問い合わせを頂戴して同等のものを探す事は可能です。
しかし、こちらから欲しいと言った場合は相手に足下を見られる事から、20万円近くは覚悟が必要になります。
3/ 1 絨毯ML「ヤージュベディル
何年ぶりかにやっと見つけたヤージュベディル。
特にこれで目を引いたのが、見慣れない羊の模様。
それが隙間に5体、ミフラブ内にも3対あり、何かしら、強い意識/願いを示したものです。
では、それは何?となった時に思い付くのが、白い背面。
ヤージュベディルは背面に青色を好みますが、敢えて、純白の白を用いる事で、自らの純潔と結婚へと向かう意識の高さ、高揚振りがここに表されているのではないかと思います。
(※古い絨毯なので、白は生成りです。)
ヤージュベディルの絨毯には、織り手の悲しみや喜びが自由に表現できる事になっており、壮麗なミフラブの中にも自身の幸せを願う気持ちが強く込められていると感じます。
特にこのマルチなボーダーは見ていて潔く、崇高な気持ちにさせてくれるもの。
新作ではないオリジナルのオールドは、今やそう滅多に見つかりませんので、これが売れてしまうと、この次を見つけるのは更に至難を極めます。
2/27 絨毯ML「マンチェスター・カイセリ
マンチェスター絨毯の2枚目。
当時として、最高の素材を持ち込んで織られただけの事はあり、とても上質な絨毯になっています。
目に見えないベースのコットンにまで優れた素材が使われている点等、高い職人気質は日本人の好み。
特にこれはフィールドとボーダーのコントラストが良く、どちらもが見栄えする美しいデザイン・配色です。
何より、これを手に入れるまで物凄い労力と時間を費やした分、コストは低く抑えられたので、少し良いオールドキリム程度の価格に設定する事ができました。
今となっては、新作の絨毯やキリムですら、この価格では手に入りません。
しかし、これらオールド品は在庫限りであり、いずれ消滅してしまいます。

なお、私の説明の他にも、英語の検索でヒットしたものを以下に貼り付けておきます。
外国のネット販売では、修理はおろかクリーニングさえ出来ていないケースが多々ありますので、もしリスクを取られる場合は、十分に気を付けて下さい。
In the beginning of 20th century special, very high quality wools imported from Manchester/England and they were used on regular Kayseri carpets for knotting the piles and the results were amazing. They were so beautiful and quality that Kayseri carpets made with Manchester wool separated from regular Kayseri carpets and today they are considered in different category even though patterns and colors used are all same with regular Kayseri carpets. They are so soft, thin and 1 square inch contains much more knots compared to regular Kayseri rugs. These rugs are one of the best "Oriental" style Turkish rugs.
(https://www.bosphorusrugs.com/blogs/kilim-rugs-and-carpets-blog/kayseri-carpets-with-manchester-wool)
2/22 絨毯ML「マンチェスター・カイセリ
ここから2枚のマンチェスター絨毯をご紹介します。
そう、イギリスのマンチェスターです。
長く続いた手織り絨毯の人気も、19世紀に入ると次第に陰りが見え始めます。
イギリスの絨毯商人は、それぞれの顧客に合った製品を生み出す事でこの波を乗り切ろうとしました。
これもそんな試みの中で生まれた絨毯で、イランでは最も伝統のあるカシャーンに、トルコではカイセリの工房にマンチェスターから良質なコットンやウールが持ち込まれました。
大抵、分かり易いように、マンチェスター・カシャーンとか、マンチェスター・カイセリと呼んでいます。
因みに、こちらはカイセリ。
でも、イラン、トルコ共に綿糸や良質なウールが産出され、特にイラン原産のウールは世界最高品質だと言われています。
どうして、わざわざマンチェスターから運んだのでしょう?
人によって解釈は様々ですが、私の見解は、絨毯の制作に時間が掛かりすぎる事です。
織り上げるスピードを上げようと工房を大きくしても、今度は糸が足りません。
こればかりは羊の成長次第であり、どうにもなりません。
しかし、自前の糸を持ち込んだなら、その問題は一気に解決します。
副次的には、糸に紡ぐ段階で付着するゴミが無く、品質が均一になると言った効果もあります。
偶々、繊維産業で名をはせたマンチェスターでは、絨毯の制作に必要な素材を集める事が可能でした。
完璧な絨毯を織り上げる為、均一の素材を用い高品質な製品を送り出そうとしたのでしょう。
産業革命を成し遂げ、それまでの手仕事だけの世界から、機械による均一の製品が好まれた時代背景も影響していたと考えられます。
その為、これらマンチェスター絨毯は、選び抜いた素材を用い、品質が優れている事に定評があります。
その上、数量が限られている事から、高い価格で取引されます。
何故なら、これら絨毯はトルコやイラン国内には殆どなく、欧米に流れているものを逆輸入し再び輸出する事になる為です。
特に舶来品に高い価格が付けられる日本の場合、60から75万円というのがR天等での相場です。
私の場合、ヨーロッパの業者から売りたい絨毯があると話を聞き、それを業者がイスタンブルまで持ってきた時に譲り受けました。
実はその人、他のキリム等とまとめて売って現金化したいという事での採算割れの価格でした。
何故分かるのかというと、その方はトルコで売りさばこうとして、最初にトルコ人業者に当たり、そのメールが転送されて私の下にも届いていたからです。
その時は高いから要らないと断っていたものが、1ヶ月程して、直接、オーナーと連絡が取れ、価格を尋ねると、元の6割くらいでした。
勿論、その人は絨毯には全くの無知です。

2枚のうち、最初のものはより古くてサイズも大きめ、カイセリで生産された初期の頃のものです。
2枚目はもう少し年代が若くなりますが、より使用感がなく、パイルがより良い状態で残っています。
たぶん、もう2度とは買い取らない、取れないと思いますので、お気に召した方はご検討下さい。
2/20 絨毯ML「マラティア
マラティアの細長い大判絨毯。
かつてマラティアの田舎を訪問した時に、この手の絨毯を生活の実効スペースに敷いたり、時には、長さの違う2枚を敷いてあるのを見た事がありますので、これもその一種かもしれません。
また、キリム以上に絨毯は大きなものばかりで、保管場所にも困るので買い取ることはしていませんが、偶々、こちらは向こうがスペシャルなセールスしてくれ、品質も優れていたので買い付けました。
通例、この価格帯で提供できる絨毯といえば、ただ単にパイルを結んであるだけ、全く褒めるところのないものです。
実は私も自宅でランナーが欲しいので、マラティアで探していたところ、手頃な2枚を見つけたのですが、その価格はこれの1.8倍前後でした。
少しセールスポイントがあるだけで、価格は一気に跳ね上がります。
その点これは価格以上のものがあり、この品質、このサイズの絨毯にしては、破格に安いと思います。
2/15 絨毯ML「コンヤ・ヤタク
ヤタクと呼ばれる絨毯。
人によっては、トゥルと呼ぶ人もあります。
私の所では毛の束を結んだものをトゥルとし、このように糸に紡いでパイルを作っているのをヤタクと言うようにしています。(※間違いもあります。)
ヤタク(ル)とはベッド又はベッドの様に広げた形状を指し、ホテルの予約の際にツインベットが欲しいなら、チフカナットのチフトと併せ、チフト・ヤタクルと言えば田舎でも通じます。
シングルならテッキカナットのテッキを使い、テキ・ヤタクル。
話はそれましたが、お勧めの点は解説でも触れた通り、毛並みが良く、ヤタクとしては割りと密に織られている事。
良い感じに羊の毛に包まれる感覚があり、適度に支えもあります。
田舎では西洋式ベッドで腰痛が出ると、このヤタクをフロアに敷いて寝るように勧められます。
本当に治るかどうかは分かりませんが、何人もの人から聞きました。
何かしらの効果はあるのかもしれません。
2/13 絨毯ML「チャル
チャル方面で織られた絨毯。
パムッカレ温泉で知られるデニズリ県の北部辺りの産と推察され、その中でもチャルの絨毯に使われている模様とよく似ています。
不思議な事に、近くのエシュメとは色彩が結構違い、チャルは色彩も図柄も優しい雰囲気となります。
色彩では、同じ緑色を使うにしても、周囲との釣り合いが取れた優しい色合いとなり、強いオレンジの変わりに黄色が使われます。(年代によって異なります。)
デザイン上では、直線的な模様だけでなく、常に凹凸が付けられたデザインにより躍動感が感じられる等様様な要因が積み重なってそう感じるのでしょう。
お祈り用なのかもしれませんが、1番傷みやすい足を踏み込む場所にも磨り減った様子は感じられません。
2/ 8 絨毯S3「イラン・ベシル」2枚
イランで織られたトルクメン族の絨毯。
しばしばトルクメンとのみ表記してあるものを見かけますが、大抵、イラン絨毯です。
高価なトルクメニスタンのオリジナルとそっくりですが、価格は何倍も違います。
業者が間違ったとしても、それは都合の良い方に間違えてありますから、注意が必要です。
でも、それなら、イランのトルクメンと割り切って仕舞えば良いのです。
フルパイルで実用に適したオリジナルのトルクメンは、もう手が届きません。
例え買ったとしてもとても薄くて柔らかいので、敷くにも勇気が要ります。
その点、こちらは使ってなんぼ。
遠慮なく使い、汚れたら専用の洗剤さえあれば洗えますし、水に軽く浸す程度の軽い洗いなら洗剤すら不要。
ただ、今回ご紹介するものは少し程度が良いものなので、実用には掲載済みの方が向いているかもしれません。
2/ 6 絨毯S1「タシュプナル
タシュプナルの見本絨毯3枚目。
売るのが惜しくなるくらい艶やかで上質な絨毯です。
原色系の明るい色彩を使いながらも全く嫌味がないどころか、これはアンティークを思わせるような風貌をしています。
おそらく赤茶色のせい、そして、全体的に少し落ち着いた色味に感じるせいだと思います。
もしかすると更に古いものなのかもしれませんが、見本として最適と考えられる色彩を使っているので、色合いだけでの判定は不可能です。
こなれた感じもありますが、これは目の詰まった絨毯、どこまで年数を踏めるか今一つ確証を持てないというのが現実です。

申し訳ありませんが、こちらは少し上の価格に設定しました。
マラティアなら中判サイズの絨毯が買えるくらいの金額を支払っているにも関わらず、ヤストックの並びでご紹介する為、他は本来の希望価格よりは控えめにしたので、こちらだけは普通の価格にさせて頂きます。
2/ 1 絨毯S1「タシュプナル
タシュプナルの見本絨毯、2枚目。
相変わらず美しい青色と各色のコントラストが見事です。
他のどの産地とも違うタシュプナル独特の青は深い色彩で、それ自身が美しいだけでなく、他の色彩を生かす事を考えて染められています。
他の都市、各家庭で織られる絨毯なら黒を選択するでしょうが、流石にプロ集団のなせる技と唸らされるものがあります。
解説でも触れましたが、一段と品質に優れ、当時最高の技術がここに投入されていると感じます。
1/30 絨毯S1「タシュプナル
これよりタシュプナル絨毯の掲載に移ります。
同じタイプが全部で3枚あり、3回に分けて掲載します。
ヤストックのサイズですが、ヤストックではありません。
タシュプナルはキリムも絨毯も名産地であり、特に市場価値の高かった絨毯は、そのブランドを維持する為にはセールスを競うだけでなく、職人の育成は欠かせません。
それにはこうして見本を残すのが一番でした。
しかし、近代化の波が押し寄せ、絨毯の担い手であった若い女性は教育を受け、労働によって現金収入が手に入るようになると、誰も苦労の多い絨毯の制作に興味を示しません。
その上、絨毯の主要な顧客であった欧米にも価値の多様化が起こり、昔ながらの手織りの絨毯の需要が減ったところに、人件費が高騰し絨毯の生産はままならなくなるという二重苦で、生産はストップし、長年続いたこの伝統も終焉を迎え、無用の長物となったこれら絨毯は売りに出されました。
当然、これらは手本であり、専門の職人が仕上げた絨毯ですから家庭で織られるものとはいろいろな面で異なります。
私がこれをカイセリ近郊の何世代も続く古いキリム屋で見つけ、全てを買い取り、その後は1枚も目にする機会がありません。
また、私がこれらをイスタンブルのキリム屋まで輸送し、開封するのを手伝ってくれたキリム屋は、幼い頃から絨毯屋している人なのに、実物は見た事がないと言った程です。
まぁ、人にもよるとは思いますが・・・。
1/25 絨毯S1「シワス
シワス地方で織られたと思われるヤストック絨毯。
色合い、デザイン、年代とも申し分なく、古い絨毯の風格すら感じられるほど。
太陽光に当たると毛先がキラキラと光り、美しさに華を添えます。
良い物は、過度に説明する事で返って逆効果になる気がするので、控えめです。
ただ、価格は控えめでなく、少しだけ上の価格帯になります。

これでヤストックからの絨毯は終わりますが、類似品の掲載がもう少し続きます。
1/23 絨毯S1「ピシニク」2枚
偶然手に入れたピシニクの絨毯ヤストック。
今やそう数が出るものではなく、経験のある業者も少なく、殆ど記憶から消えつつある絨毯になっています。
もし知り合いにキリム屋がいらしたなら、物は試しと尋ねてみて下さい。
きっと、知らないと言うか、これはマラティアだと言う筈です。
キリム屋はマラティア等の東部地方出身者が多いですが、彼らは若い頃には修理人として働くか、早くからイスタンブルに出てきて経験を積んでいきました。
人生の大半をイスタンブルで過ごし、生きていくためにキリムを売って生活しているので、学ぶ機会は殆どなく、学ぶ必要もないのです。
利益の少ない絨毯ヤストック等には全く興味を示さない事でしょう。
イスタンブルでも老舗のキリム屋、日本に一番沢山のキリム売ったオーナーも同様でした。
彼もピュトゥルゲ出身であり、小さい頃から見慣れた絨毯は、マラティアのものだと話してくれました。
また、ピシニクという呼び名はトルコ語に日本語を当てはめただけで、ネイティブは抑揚が強く、「ピ」にアクセントをおいて、「シ」は小さく発音、語尾は「ニ」は弱く発音し、「ク」はほとんど聞こえないので、ピシ又はピシニと聞こえます。
もし他に見つかればまた買い取りますが、一度買い逃すと次がないので、中々難しいのが現実です。
興味がない方にまでお勧めしませんが、どういう絨毯なのか興味がある方は知っておいて損はないと思います。
1/18 絨毯S1「マラティア
アドゥヤマン地方のデザインとマラティアがミックスした様な絨毯。
赤と黒が特徴的で、白抜きのボーダーは色のコントラストをよく考えた仕様に出来ており、マルチなプレーヤータイプはそれだけで興味を引きます。
その上、触れてみると柔らかい毛並みで、とても柔らかい絨毯になっています。
古い絨毯で使われていないものがこういう触感なので、これは絶対に欲しいと、その時、心の中で思っていました。
たかがヤストック絨毯かもしれませんが、以前の様に良いものはめっきり入ってきません。
売れなくても、これは持っておいて全然苦にならないばかりか、トルコの絨毯を紹介する際等に使えるこの手の絨毯は手元に置いておきたいのです。

デザインの面で産地を挙げるなら、アドゥヤマンです。
ただ、アドゥヤマンのこの手の絨毯は装飾性が低く、とても単調なものですが、これはかなり手の込んだ様子。
今は取り外した裏面のキリムも、かなり良いものでした。
アドゥヤマンではクッションとしての利用が盛んで、表(おもて)面はパンパンに重みを跳ね返すような仕様なのに、隠れる裏面は質素そのものです。
何らかの理由で、この様なタイプのヤストックが必要とされたのかもしれません。
これもヤストック絨毯の多様性の一つであり、トルコの農村ならではの文化としてお楽しみ下さい。

尚、解説で触れたように、長年袋として使われたにも関わらず何の問題もなく、真っ直ぐな絨毯です。
ご家庭で洗った際も、手違いさえなければこの通り元の姿に復元する筈ですから、その面でも安心感があります。
1/16 絨毯S1「マラティア
そろそろヤストック絨毯の掲載も終盤に差し掛かってきました。
今回ご紹介するのは、後半に取っておいたお気に入りの一枚です。
品質が良く、凝ったデザインでは無いですが、これはこれとしてゆったりとした模様が良くマッチした典型的なマラティアの図柄です。
マラティアの得意とする大判絨毯のデザインをそのまま小さくしたもので、マラティアの雰囲気を味わうならルームサイズでなくても、これで十二分に楽しめます。
なお、ペアで織られるヤストックではないため、これ一枚しかありません。
マラティアの主人が隠し持っておくヤストック絨毯は年に2~3枚がせいぜい、その中から特上のものだけを買い付けています。
1/11 絨毯S1「マラシュ
色柄とも申し分のないヤストック絨毯。
買い付けた時は余り吟味する事なく、マラティアの卸屋が昨年買い付けた10数枚の絨毯の中に入っていたものを、素知らぬ顔で選んで来ました。
一目見て良さそうな気配はありましたが、売り手は百も承知のはず、こちらが興味示したら価格を変えてくるのがこの世の常。
何枚買うのか?とのみ聞かれ、数枚まとめて買ったので、金額は平均化されましたが、もしこれ一枚だけを選んで買い求めていたら、もっと上になります。
そもそもマラシュ辺りは貧しい農村地帯であり、多くが山間部に位置しています。
大きなキリムや絨毯が多い東部地方の中で割と小さな物が多いのは、そういった環境が影響しているのかもしれません。
とてもヤストックとは思えない凝ったデザイン性、細やかな配色の切り替え等はやはりその年代ならではのものであり、小さなサイズであっても大判に引けを取らない、古くから脈々と受け継がれてきたものが、この小さな絨毯に精一杯披露されているのではないでしょうか。
1/ 9 絨毯S1「シナン」2枚
マラティアで買い付けた小振りな絨毯2枚。
今まで掲載してきたヤストック絨毯は、ヤストックだなという雰囲気がありますが、これらはサイズが気持ち大きく、結び目は整い、重厚なので、普通の絨毯のような感覚を覚えます。
また、ペアになっていますが、買い付けたのはそれぞれ別の機会です。
よく似た絨毯を買い取ったとは思っていましたが、まさかペアとは知りませんでした。
買い集めた小さな絨毯を一斉に集めた時にやっと、「あれ、これは同じものだったな」と気が付きました。
ヤストック等の小物はペアで織られ、売る場合もペアが通例なのに、これも不思議なところ。
また、買い付けの際、どうもシナンぽい色合いとデザインなので、「シナンでしょ?」と聞くと、主人はポカンとした表情でしたが、マラティア一の腕利き修理人でもある筆頭の徒弟が「そうだ。」と言ってくれたので間違いないと思います。
私達にはブランド名のシナン、他にポルガやアラプギルといった幻のブランド絨毯も地元の人にはマラティアの1つに過ぎないという買い付け人には嬉しい現実があります。
それを見分ける事が出来るなら、地元は宝の宝庫です。
1/ 4 ヤストック絨毯S1「マラティア・ヤストック
素晴らしいマラティアの絨毯ヤストック。
初めてこれを見た時、なんでこんな綺麗なものがあるの?と思いました。
凄く古くは無いけれど、新しいものでもなく、色合いが裏も表も同じです。
普通、袋物はアンティークであっても表面は結構退色して、裏面は強い色彩です。
オマケに品質に優れ、絨毯としては勿論、裏面のキリムも良いものです。
何点か裏地が付いたままの絨毯ヤストックを買いましたが、いくら表面は良くても裏面に良い素材が使われているものは殆どなく、裏地が付いたままで良いと思えるのはこれだけ。
絨毯裏面には毛羽がびっしり残っており、遊び毛が出るかもしれませんが、このままヤストック/枕として十分使えます。
12/28 ヤストック絨毯S1「シワス
シワス方面で織られたと推察されるヤストック絨毯。
一目見てそれとわかる超精密タイプの絨毯です。
パイルの結び目の細かさなら、ヘレケのウール絨毯にも負けていないくらい。
もしこれが新しい絨毯なら仕事量で価格が決まりますが、オールドの絨毯、それもヤストックの小さいサイズなら田舎の卸価格に変わりはありません。
しかし、イスタンブルまで行くと付加価値を付けて高く売るのが仕事ですから、マラティアの様にはいきません。
これも地元買い付けならではの利点ですが、もし、次回、高くなっていた時には以前のように、3~3.5万円に戻します。
絨毯なのに薄くて軽い特性を生かして飾りとしても使え、椅子の背中当て等敷物以外の利用方法も考えられます。
12/26 ヤストック絨毯S1「マラティア
引き続きマラティアのヤストック絨毯。
大柄でシンプルなデザインは、マラティア絨毯の最も得意とするもの。
マラティアと言えばクルディシュタイプの絨毯を想像されるかもしれませんが、それは数あるもののうちの一つであり、現実にはこれがマラティア絨毯と言われる主流タイプです。
大きなサイズはこのまま大きくなるだけ、むしろこれは小さい分、装飾的になっています。
前にも触れた通り、裏面の退色を行なっていませんが、これは無しで正解だったような気がします。
表とは一味違う原色使いが見て取れ、織り手の意図した色彩がここに残っているからです。
パイルはしっかり詰まっていますから、日常使いのミニ絨毯としてご利用頂けます。
12/21 ヤストック絨毯S1「マラティア
マラティア地方の絨毯ヤストック。
マラティアで買ったものなので、そのままマラティアで良いかもしれませんが、やはりこういった古物ではそれが織られるまでの過程や、その地域や家庭毎の持って生まれた特性が魅力だと思うので、分かる範囲で地域の特徴を織り交ぜて説明しています。
それにより、人々の営み、生活の中でどうやって生き抜いてきたかというのも理解でき、新しい絨毯等と違う一番の魅力ではないかと思うのです。
そういった味わいのある作風はオールドでもより古いものだけに見られ、これも小さなヤストックではありますが、力強い生命力に満ち溢れている様に感じます。
そういう観点でパイルの擦れも、古物ならではのものとして贔屓目に見て頂ければ、とてもお買い得な一枚です。
12/19 ヤストック絨毯S1「カルス
今回の絨毯の殆どが、マラティアで買い付けたものです。
イスタンブルでは観光客やインターネット販売用にヤストック絨毯の人気が高く、安くは手に入りません。
しかし、マラティアまで行くと観光客は皆無、一昔前のイスタンブルの様な状況。
しかし、これらはもうじき底をつくと思います。
かつてマラティアでは各店に見るのもうんざりするほど積まれていた絨毯ヤストックが、ある日、忽然と姿を消していたのです。
聞くと、イタリア等の業者がごっそり買い上げて行ったとの事。
今は、その後で入荷してきたものを買い求めていますが、数量が全然足りていません。
品薄になってくると、価格が高くなるのは当然ですが、売られている絨毯そのものの品質も下がってきます。
この事はヤストックに限らず、全てのキリム・絨毯に共通している事であり、業者は将来の在庫も確保しようとするので同じ事が繰り返されるのです。
あれ?と思うようなものが見られるようになると、そのサイン。

このカルスは、いつものブラウンと白のタイプが全て売り切れ、代わりに品質の悪いものの中に唯一これが混ざっていました。
そこそこの年代があり、パイルも良好でオールドらしいキラキラした毛並み。
安価にしましたので、実用目的優先で小さな絨毯が欲しい方には最適と思います。
12/14 ヤストック絨毯S1「マラティア」2枚
マラティアの小さな絨毯2枚。
元々は裏地の付いた袋状のヤストックだったと思われますが、私が目にした時はこの状態でした。
そもそもが絨毯として使うものではないので、パイルが擦り減る等という心配はありませんが、それでもヤストックとしてしっかり使われたものは、色が流れたり、変形したりと使用感があるものです。
その点、これらは価格も控えめ、且つ程度が良かったので、こうしてご紹介する事になりました。
もっとも、マラティアまでの渡航費用、加えて、イスタンブルに運んで洗い、太陽光で退色して補正までしていれば、イスタンブルで高く買うのとほとんど変わらなくなります。
それではせっかくマラティアで安く買い取った事が何の意味もありませんから、マラティアで洗い、房止め等の一応の処理を済ませ、まとめてイスタンブルに送付するという努力で、この価格帯になっています。
退色の工程もマラティアで可能ですが、小さな絨毯に掛ける費用としてはふさわしくありません。
何より、色合いが濃くても使用上に支障があるわけでもありません。
気になる方は、ぜひご自身で夏場に太陽光に晒してみて下さい。
オレンジ色は中々変わらないですが、他の色は早く変化すると思います。
12/12 ヤストック絨毯S1「マラティア」2枚
今年もトルコからの空輸便が届きましたので、先ずは絨毯から紹介を始めます。
多少は前後しますが、大まかに、価格控えめなものから掲載していきたいと思います。
先ずは、定番のマラティアの絨毯ヤストック2枚。
それ程古い絨毯ではありませんが、それでもマラティアだなと思わせる仕事振り。
安い絨毯は大抵、ベースがペラペラ、仕事も粗雑なものが目に付く中で、このマラティアは廉価でも十分な品質を維持しているのが魅力。
玄関マットとしても十分に活躍してくれるでしょう。
なお、説明でも触れている通り、2枚ペアのうち片方は下の黒い線が一列無いので安価設定にしました。
ここは大切でも綺麗な部位でもありませんが、更に、気持ちだけでも少し割安に感じて頂けるようにしました。
12/ 7 ヤストック絨毯(S2)」値下げ
新しい絨毯を迎えるため、在庫品を整理します。
この期にどうぞお求め下さい。
11/21

12/ 7
ベトナム製布雑貨
小さな布製品をいくつか手に入れましたので、キリムを離れ、しばらくはそれらをご紹介します。
価格はもちろん抑えあります。
お土産の買い足しや“お遊び”として、ご利用下さい。
11/16 クッションカバー「チャナッカレ絨毯
俗に言うチャナッカレ絨毯、別名、“Altıntabak”/銀の皿と呼ばれる絨毯からのクッションカバー。
いくつかのチャナッカレ絨毯の中で一番メジャーなものが、赤いフィールドにメダリオン模様が並ぶこのタイプ。
チャナッカレ絨毯は他の田舎絨毯と比べ、やや結び目が細かく、毛並みは柔らかくて肌触りが良いこ事から、絨毯屋さんが自宅で使う事もしばしば。
しかし、キリム同様に大判で織られるものが多く、価格面でも折り合いが難しい事から、ご紹介する機会があまりありませんでした。
ある日、街中を歩いてこの小さなチャナッカレ絨毯を見つけ、価格面が折り合ったので買い付けましたが、小さな穴と思っていたものが、その周囲の修理まで行うと絨毯より割高になる事が判明した為、止む無く、クッションカバーに加工しました。
民家から出てきたばかり、退色等一切行う事なしにこの色彩をしていますので、60年位の年数があります。
大判と違い、気持ち模様も小さめなので、クッションカバーに向いていると思います。
適度に使われる事で、絨毯はよくこなれており、パイルは程良く残っています。
なお、掲載画像では図柄の方向性を統一したため、パイルの順目(じゅんめ)と逆目(さかめ)は無視したため、暗めに写っているものがあります。
色合いは、加工前の画像等も参考にして下さい。
いつもとは違う工房に頼んだので、ジッパー、内側、背面の素材が異なりますが、悪いものは使っていません。
唯一の欠点は、小振りなサイズ故に、クッションカバーにすると採算が厳しい事。

2017/11/17
クッションカバーで残った部分を小さなポシェットにしました。
ロングコートの上でも抜群の存在感、大きさの割りに軽く、重宝しそうです。
背面は、クッションカバーと同素材。
11/14 コレクション2「アンティーク・シナン・ヘイベ
特に追加の説明も必要ない位に名の知れたシナン。
なので、ここでは当時を振り返ってお話しします。
かつてイスタンブルだけで仕入れていた時に、アナトリアの地元の業者から仕入れる事ができればもっと商機は広がるはずと、考えていました。
幸いにも、メインの取引相手は良い人であり、10年後にはイスタンブルで1番の卸屋にまでなりました。
しかし、競争相手が無いと値段を吹っ掛けてくるのは、この国の人達。
幸い、私は自分の目で見て判断できますから、外国人向けの卸屋である必要はありません。
ある程度で見切りをつけた時、マラティアにあるこの店を自分で見つけました。
ただ、メールしても相手は返事等よこしてくれません。
そこで、チナルチュクに行った際に知り合いになった英語の先生に、電話連絡して貰いました。
下手にトルコ人を介すると、知らぬ間に契約が出来ていて中間マージンを取られてしまうので、全く関係のない者が最適なのです。
そして、やっと連絡が取れると今度は、向こうからこれでもかとラブコールが届きました。
しかし、既に豊富な在庫を抱えており、僅かな価格差の為に国内線乗って遥々マラティアまで行く事の必然性が見つからず、訪問を渋っていると、このヘイベの画像が届きました。
それから1年後、重い腰を上げてマラティアを訪問すると、果たして、このヘイベがまだ残っていたのです。
どうやら訪れる客がとても少なそうなのと、相手によって価格を変えるので、これが売れ残っていたのだと思います。
実際、私が買った後も店のディスプレイに使われており、イタリア人でしたか、これを譲って欲しいと店主に言い、2倍の値段で買い取ると言ってきたそうです。
そう、目の効くディーラーならこれは見逃せない逸品であり、彼らはマラティアに眠っているキリムの有り難さを良く分かっているのです。
11/ 9 コレクション5「アンティーク・シャルキョイ
シャルキョイの中~大判サイズ。
大抵、シャルキョイの大判は大き過ぎるものですが、これは手頃な大きさであり、デザイン面、希少性、そして、コンディションとも言う事なし。
シャルキョイの用途としては、敷物を始めとして、壁掛けやベットカバー、家具上に敷く装飾品として使われていた事が知られ、これも敷物と考えるのが妥当ですが、敷いて使ったキリムの汚れが見当たらず、手に入れた時は当時の未熟な修理の痕跡が少しだけ残っていました。
それら古い修理痕は容易に変えられるので何の問題もありませんが、オリジナルの房が失われているのが惜しい所。
これにも工房のサインが間違いなく入っていた筈で、流石にフィールド内に織り込むのは憚られますから、きっと、ユニークなものがボーダーにあった事でしょう。

解説でも触れた様に、シャルキョイの織られていた地域は、古くから農業・畜産業が主要な産業であり、独立を果たしても生きていくのがやっとという中、幾度も戦争が起こり、ご存知のようにセルビアは第一次大戦の引き金を引き、一時は国家そのものが滅亡寸前まで行きました。
その後の世界大戦を経た後でも、ピロットでは、依然として全ての女性の半数に相当する人達がキリムの生産に関係する仕事に就いていた事が記されており、これが如何に重要な産業であった事が分かります。
※最盛期には、全ての家庭に織り機があったと言われています。
完全な余談になりますが、Kilimは外来語であり、セルビアの公的な文書ではCilimと表記され、ピロットの人々もチリムと呼ぶ事に慣れています。
11/ 7 コレクション5「アンティーク・マナストゥル
マナストゥルの大判サイズ。
通常のイスタンブルでの買い付けではトルコ人業者との競争に勝てない為、より安く良いものを手に入れようと、以前、ソフィアまで行って買い付けたものです。
トルコ人、特にイスタンブルの業者は案外臆病な所があり、本国から出てまで買い付けに行こうとしません。 現実に、イスタンブルでは日々沢山の人がキリムや絨毯を買ってくれないかと持ち込んで来ますから、敢えて買い出しに行く必要性は無いでしょう。
しかし、私達からすると、イスタンブルに行くのもブルガリアに行くのも同じ事、彼らが行こうとしないのなら、大いに結構、私が行くまでです。
その為に以前、お金を支払って、現地の数少ない仕入れ人とのコネを付けています。
ただ、いくら訪問したとてシャルキョイが毎回あるという訳ではありませんから、観光でも兼ねて行くのがオススメ。
日本の様に山並みが広がる地形で標高の高い山々は初夏まで残雪が残り、車の少ない市内は空気も新鮮。
水が綺麗なせいか、食事が美味しく、物価も安くて治安のいいソフィアを初めてとしたブルガリアは最高の観光地だと思います。
・・・肝心のマナストゥルの感想を書くのを忘れていました。
このマナストゥルには白や黒といった色彩が無く、全て美しい天然色で彩られています。
シャルキョイより少し牧歌的な面影になる分、カッチリとしていないゆるゆるとした揺らぎがマナストゥルの持ち味、それをこの天然色が美しく彩っていると言えます。
完全に余談になりますが、何故か業者の多くはこの色彩を見ると150年だといいます。
それより若いものはと言うと、100年ものなのだそうです。
50年刻みというのが、何とも彼ららしい・・・ 。
11/ 2 コレクション5「アンティーク・マナストゥル
ほぼアンティークのマナストゥル。
糸質、織りの細かさだけで判別したなら、100年を超える年代相当があります。
ただ、オレンジ系統色は一般の人にはそう思って頂けないかもしれません。
でも、仮にこのマナストゥルがオレンジ以外の色彩なら、価格が跳ね上がるのはご存知の通り。
しかし、そのオレンジすら古いキリムのものであり、天然色の可能性もあるものです。
何も悪い方に考える必要はありません。
事実、私がこれをイスタンブルに持ち帰った際、馴染みの卸屋がヨーロッパの顧客が一番欲しがるサイズだと言い、転売を持ちかけてきましたが、非の打ち所がないキリムなのでお断りしてこうしてご紹介します。
もしも売れなかった時は、将来、クッションカバーに加工して販売するかもしれません。
40×40cmサイズがおよそ56枚取れ、仮に一枚7,500円と控えめな価格設定でも42万円。
その内にもっと希少価値が上がるので、市場に無くなった時に加工したいと思います。
尚、解説でも少し触れた、これと一緒に買い付けた更に巨大なマナストゥルはイスタンブルのコレクターに譲りました。
そのキリムは1枚で、小さめのスーツケースが一杯になる位に厚みと大きさがあって、重いキリムでした。
参考まで、小さな画像をここに貼っておきます。
10/31 コレクション5「アンティーク・.シャルキョイ
コレクションにするのに有難い小さなサイズのシャルキョイ。
本当は安価なこれを最初にご紹介しようと考えていましたが、イントロなしにご紹介しても正しく理解されないと思い、一通りご紹介した後に回す事にしました。

そもそもシャルキョイの街は、セルビア人でもブルガリア人でもなく、ピロット語を話すピロット人の街でした。
ではそのピロット人が何処から来たのかというと、実際に訪問して、地形を見たらよく分かります。
ピロットから最寄りの大都市ソフィアまではなだらかな山並みが広がり、双方の国境を越えるので時間はかかりますが、実質は1時間程度です。
一方で、ピロットから最寄りのセルビアの都市、ニシュへはバスで2時間と案外近いのですが、驚く程に険しい山並みを超えなくてはなりません。
バスの窓から下には渓谷、上には山頂が見えないくらい切り立った岩山が見え、鉄道も道路も整備されていない時代にここを越えるのは困難を極めた事でしょう。
実際にセルビアは、オスマン軍の侵入を阻止しようとこれら山頂で戦いました。
つまり、セルビアにとってピロットは攻めるのも守るのも難しい地理状況下にあり、一方でブルガリアからはアクセスが容易で、歴史的にも長らくブルガリア帝国の支配下にありました。
そして、ピロット人の多くはブルガリア側が渡ってきた事が記録にも残されています。
話がややこしくなるので打ち切りますが、オスマン帝国から独立する前後の公国時代、そして、後のブルガリア王国時代からブルガリア人民共和国の設立まで、ピロットはブルガリアに帰属していました。
ですから、シャルキョイ/ピロットの殆どはセルビア産ではなく、ブルガリア産という事になります。
但し、オスマン帝国統治下では、反対にセルビアはニシュの総督の管轄下にありました。

要は、この様な地理・歴史上の関係から、オスマン帝国から独立した後もピロットからソフィアにかけての一帯は、イスラム教に改宗した人達にとって一時の安住を得られる土地ではなかったかと思われます。
それがこのキリムが生まれる要素の1つになっている気がします。
ちょうど私がソフィアに滞在していた時、金曜礼拝がシナンの立てたモスクで開催されており、普段は閑散としていたモスク周辺に何処から集まったのでしょう?という位のイスラム教徒で溢れ、人々は手に敷物を持って道路も一杯。
そして、その周囲には武装したキリスト教徒の警官が遠巻きに監視していました。
このシャルキョイが織られた100年前は、もっとイスラム教徒の力が強かったと推察され、そんな時代背景の中でこの様なキリムが生まれたのだと思います。
余談はつきませんので、これで終わりにします。

なお、コチニールに鉄媒染を用いたと思われるオレンジが150年オーバーのシャルキョイに使われている参考画像を、ここに載せます。
10/26 クッションカバー「絨毯パッチワーク
絨毯パッチワークのクッションカバー、7枚。
知り合いのキリム屋に、天然色のキリムと絨毯だけを扱う店がありますが、小さな店であり、状態の良い物はとても高価なので、破損のあるものばかり売っています。
最初は端切れとして販売を試みて、売れない時はクッションカバーに加工します。
そして、小さな端切れが集まるとパッチワークを作っています。
今回はその中から良い素材が使われているものを、6枚ピックアップして来ました。
背面等に使われている素材が私の在庫品と少し違いますが、パイルは薄くなっていても安くない素材なので、悪い素材は使用していません。
中綿が当たる内側には、黒い不織布を使っています。
最後の1枚は、私がキリムのパッチワークを作っている店で、あり合わせの素材で一枚のみ作ってもらいました。
少し年代は若いですが、状態が良いので幾分、実用的です。
全体的に少し暗めに写っています。
10/24 絨毯ML「アンティーク・ラバー・ケルマン
偶々、ケルマン絨毯が手に入りました。
コレクションに相応しい逸品ですが、今期は他にアンティーク絨毯が手に入らなかったのでこれ一枚のみ、普通の絨毯の頁に掲載します。
実は、これが取引先に入荷して直ぐに画像での紹介があり、購入を勧められました。
その時、ケルマンのデザインに驚きつつ、何か不具合を隠しているのではないかと疑い、購入しませんでした。
クッションカバーに加工する事を強く勧められたので、盗品の可能性を疑ったからです。
盗品やその類の場合、早く売り抜ける必要があると、価格はとても安くなります。
しかし、例え買い取って運良く販売出来たとしても、利益は何万円のレベル。
そのために信用を失墜する事は、避けなければなりません。
そう思って見送っていた絨毯が、イスタンブル滞在中に出て来たのです。
裏面を見てもモスク等のサイン等はありません。
少し緊張しながら写真を撮影させて貰い、検討するから置いておいて欲しいと頼んで、即断はせずにアナトリアに出掛け、丁度、カイセリにいるキリム・絨毯のマスターに見て貰いました。(確認のため。)
すると、「僕もこれと似たタイプのラバー・ケルマンを持っているけど、それがどうしたのか?」と言われ、イスタンブルでの経緯を話すと、良いカイセリ絨毯だね!と。
皆さんは、トルコ人の絨毯屋と聞くと一眼置くかもしれませんが、今時、キリム・絨毯を良く知る人物は殆ど一線から離れており、現場にいるのは日々のお金儲けに奔走する亡者ばかり、ド素人同然なのです。
その後、イスタンブルに戻り、買うと決めていたものの、最終日の空港に向かうタクシーを呼ぶ直前まで買うのを渋ってから、買い取って来ました。
ご存知の通り、昨今、少し程度の良いオールドのキリム、全て化学染料でダメージがあるものでも切り落としてこれより高く売られています。
10/19 コレクション5「アンティーク・シャルキョイ
シワスモデルのシャルキョイ。
今まで何度も買い取る機会はありましたが、ずっと見送り、この特別なものだけを地元のコレクターから買い取りました。
当時、イスタンブルにて「これからブルガリア、そして、セルビアまで行く。」と言うと、周囲の人は勿論、途中、一休みしていたソフィアの友達までもがセルビアは危険だから用心するようにと再三の警告。
しかし、実際に訪れてみると拍子抜けするほど安全どころか、物価が安く、凄く住み心地が良いのです。
温泉もあり、食事は美味しくて、ワイン等は最高。
そんな天国のような所から、バスを乗り継いでイスタンブルに戻ると、それまで東欧の田舎町ののんびりとした風景から、人混みでごった返す街並みに少しウンザリしつつも、何処かホームタウンに戻ってきたような感覚。
タクシーも使わず、トラムに乗ってセッヂャーデを4・5枚担いでキリム屋街まで戻ってくると、何処に行ってきたんだ?と、早速、顔馴染みのキリム屋から冷かしの声が掛かりました。
セルビアからイスタンブルに戻るのも2日がかり、遠路はるばる移動してきてストレスも大きく、ここは鬱憤晴らしも兼ねて、休ませて貰う事に。
すると彼らもキリム屋ですから、私の了解もなしに荷物を開いて品定めが始まりました。
デザインは見慣れていても、いずれも特異なタイプのキリムばかりで、興味津々のよう。
特にこれは古いキリム・絨毯だけを扱う店主が気に入ったらしく、私の店で販売させて欲しいと言われましたが、それでは私の苦労が報われませんから、全てお断りして私のコレクションとしてご紹介する事に。
なお、このシワスモデルは古いセルビアの画像によく登場します。
セルビア公国、後の王国時代を含め、シャルキョイ改めピロットと呼ばれるようになったキリムは国王の庇護を受け、国章はピロットのキリムで織られ、国王の公式なイベントにはこのシワスモデルが掲げられました。
白黒の写真にはなりますが、ウェブ上を検索して頂ければ当時の様子が見て取れます。
セルビア人なら大抵の人が見た事があり、彼らの文化にすっかり溶け込んでいるようです。
10/17 コレクション5「アンティーク・シャルキョイ
シャルキョイを代表する箪笥模様のキリム。
赤が好きなのか、赤色の染色を得意としていたのか、真っ赤なキリムにコントラストの効いた濃紺と緑色、そして、水色といった色彩を埋めてあり、綺麗でない訳がありません。
普段見慣れた安価なオールドとは違います。
紛れもなく古いアンティークのシャルキョイ、使われている色彩がなまじ古いものとは違い、軽く100年を超えている事は誰の目にも明らか。
願わくは、年号を織り込んで欲しかったものの、これには年号とサインの代わりに、工房のサインが房の手前部分に織り込まれていました。
このサインは、ピロットの時代になるとほぼ完全に失われ、アンティークの場合、ほぼ全てに見られる事からこれだけで大まかな年代の把握もできるという裏技もあります。
当時の激動の時代を象徴しているのだと思います。
これもそのサインの部分を残す様に指示していたのですが、何も拘りの無い修理人に落として房止めされてしまいました。
オリジナルの房を残すには失われた房やキリムまでも修理しなければなりませんから、その分、ほぼ5万円販売価格で安くしています。
ちなみに、この色彩で生命の木のお祈り用でしたら1、00万円近い価格になります。
10/12 コレクション5「アンティーク・シャルキョイ
背面に濃紺色を使った花模様のシャルキョイ。
暗い背面とのコントラストで明るい薔薇等の模様が際立つデザイン、年号が入っていませんが、かなり古いシャルキョイです。
解説にも触れた様に、コレクターの在庫に濃紺色のシャルキョイが3枚あり、どれを買い取るかで悩みました。
1番若い1901年の作品は、とてもそうとは思えないほど厚みがあり、かなりけばけばしい色彩、それこそ織り込まれた年代が無ければ、否、例え年号があってもとても100年ある様には見えません。
その点、これが一番古くて貴重なものだと言うのに、肝心の年号がありません。
どれを買い取るか悩んでいると、帰りのバスの時間が迫り、最終的には自分の一番欲しいこれを選び、イスタンブルに持ち帰りました。
その後、修理を誰に頼むか思案した挙句、イスタンブルで1番腕利きの職人、シャルキョイの修理で有名になった職人さんに依頼しました。
彼は腕が言い分、一週間400ドルもの高給取り、博物館クラスのキリムを専門としています。
その彼に、房の一つに至るまでオリジナルの形を留めるよう指示、ブロック状キリムの古いキリムの弱点であるスリットの広がった所まで塞ぎ、経糸の一本に至るまで完璧に修復するよう、赤いシャルキョイ共々頼みました。
その為、本体価格よりも修理代金が高くついたため、販売価格は少し割高になりますが、何も満足いくレベルに仕上がっています。
下手に修理されたキリムは、しばらくすると修理糸の色が抜けてきますが、これらは出来る限り古い糸を使っている他、新しく染めた糸は、濯ぎと日干しまで行ってあるので、洗っても変色しないばかりか、使う程に毛羽が取れて同化していきます。
10/10 コレクション5「アンティーク・シャルキョイ
ピロットの街の中で買い付けた唯一のキリム。
私がピロットを訪問した際、現地の有力者の助けを借りて、地元での聞き取り調査の傍ら、古いキリムを持っている人、昔シャルキョイを織っていた方等を片っ端から当たりました。
町の観光案内所、骨董屋、レストラン等でも聞き取りしてみました。
しかし、朝から何件の家を回っても出てくるのは40~50年前後の若い物ばかり、その上に使い込まれて破損したり汚れたりしているものですから、例えタダと言われても持ち帰るのを戸惑う程で、とてもあの名高いシャルキョイの流れを汲むものだとは思えません。
いい加減に買い付けは諦め、翌朝、ニシュに向かうのに備えてレストランで夕食を取っていると、ピロットのキリムを収集している人があると聞き、夜の9時頃にタクシーでそのお宅に向かいこの一枚に巡り会いました。
薄暗い中で、階段の踊り場で広げて見ただけ、かなり不安はありましたが、この機会を失うと二度と巡り合う事は出来ませんから、必死に交渉しました。
でも、交渉事は手馴れたもので、希望価格からは一歩も譲らず、一旦、交渉決裂と見せかけてホテルへと戻りました。
相手は、パートナーに電話して分け前の算段をするらしく、了解が取れたら連絡するとの事。
この時、勝負にはほぼ勝てると思っていたものの、待ち時間のなんと長く感じる事か。
ホテルに戻っても電話が気になりシャワーも浴びずに待ち続け、しびれを切らしかけた頃、やっと電話があり、こちらの価格で折れたとの事。
これからホテルまで持ってきてくれるというので、ロビーで待っていると小さく折り畳んだこのピロットが届きました。
ドルの現金を渡し、深夜でも営業している街の両替屋で偽札のチェックを済ませて無事交渉成立し、深夜のカフェでゆっくりエスプレッソをご馳走になりました。

キリムについては織り込まれた年代が示す通り、緑を始め古いシャルキョイの天然色は流石です。
濃紺で織り込まれた年号とサインは、このキリムが何らかのお祝い事の為に織られた事を示し、このピクチャータイプは多くに年号が入ります。
また、この花柄のシャルキョイをカラバーデザインという人もあります。
しかし、現地で伝統文化を見てきた私からすると、カラバーの影響が混入したとすれば随分前の事で、これが制作される頃には完全にシャルキョイ化していました。
なぜなら、この花柄の織物はセルビア各地の田舎で織られる民芸品に見られ、特段珍しいものでは無いからです。
皆さんは、セルビア刺繍は聞いた事がなくても、ブルガリアの刺繍、バラ祭り等で目にする民族衣装はテレビ等で様子を見聞きする機会があると思います。
同様のものが旧ユーゴスラヴィア各国に存在し、ハンガリーではマチョー刺繍はかなり有名です。
今では、ブルガリアやセルビアからシャルキョイは殆ど出てきませんが、ハンガリーに行くとまだ見つかるのだと、現地のバイヤーが教えてくれ、当時は全く意味不明でしたが、今は人の流れが分かる気がします。
いつまで経っても余談は尽きませんので、この辺で終わりにします。
10/ 5 オールドL4「アンティーク・ハッキャリ」2枚
ハッキャリの“Canbezar”ジャンベザールと呼ばれるキリム。
ギュルサルヤ、サルヤ産の薔薇とのミックスパターンになっています。
田舎から見つかった時、これらはチフカナットに繋がった状態でした。
無理やり接合した感じで凹凸になったまま、一体チフカナットとしてどうやって使っていたのかと思いますが、取り敢えずそうなっていました。
そして、デザイン上の不揃いの原因は、織る事の難しさにあります。
前にも記した様に、マラティアのチフカナットは織り上げるのが難しいキリムです。
しかし、整合性を考えるのなら、このジャンベザールはもっと難しいキリムになります。
そのストレス解消の策?として、同じ模様のキリムを2枚織り、片側を上下逆さにしてチフカナットにする方法があります。
こちらのキリムも左上と右下に家紋のような模様、他にもいくつかこれで説明の付く部分があります。
真相は不明ですが、一つの考え方としてありえない話ではありません。
また、本品はチフカナットとして出てきたキリムなので、最初から半分だけのものと比べれば割高です。
しかし、それを承知の上で、利益を低く設定して半分ずつに分けています。

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