キリムの店*キリムアートアトリエ |
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新着のご案内新着商品の見所や関連した情報を載せています。商品ページを見る前に、見た後にも目を通して頂けると、一層愛着が深まると思います。 掲載スケジュールは、こちら。 |
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まばゆい黄金色したチャルのヤストック絨毯。 パイルには艶があり、日が当たるとキラキラ光ります。 ca337とほぼ同じで、色の違いのみですが、若干、古い様に感じます。 同じ家庭から出てきたものと思われ、こういう場合、同時期に制作するので、通例、作風に違いはありません。 ただ今回は微妙な年代の違いも感じられ、何かの理由で、別の時期に制作して、この家庭に残されていたものです。 今後とも、同程度のチャルは二度とは手に入らないと思われます。 |
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| 4/15 | チャルのヤストック絨毯。 上手い表現が見つかりませんが、何処か所有欲をくすぐるチャル。 今もなお、何処がどう良いのか分かりません。 ただ、見た目、触れた時の柔らかさといい、チャルは特別なものがあります。 今回、入手できた2枚を一つずつ、ご紹介します。 かつてチャルのヤストック絨毯は全てイスタンブルで買い求めていましたが、そのイスタンブルの業者が買い取っていたカイセリで買い付けました。 その為、ドル高分の価格上昇はありますが、10年前と3千円しか違わない価格に設定しています。 |
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| 4/ 8 | クルシェヒルのヤストック絨毯、2枚目。 前のca335は、丁寧に織り進められた質感の良さが感じられる反面、硬さも感じられます。 対してこれは、それとは対照的に、ある程度自由奔放に模様を描き、色むらもお構いなしなのに、それはそれでまとまっているのが面白い。 基本的な所は抑えて、融通の利く部分にアレンジしているのは、織り慣れた人ならではのもの。 ca335より、パイルはやや長く、サイズも大きめ、絨毯としての重厚さはこれの方があります。 残るは、好みの問題かと思います。 |
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| 4/ 1 | クルシェヒルのヤストック絨毯。 少し良い物です。 元々欲しいわけでもなかったのですが、このタイプは手持ち在庫に無くなっていた事もあり、偶々見つけたものが、色柄といい気に入ったので手に入れました。 流石に絨毯の産地だけあり、普通に仕上げても整っていますし、おそらく制作者自身のスキルも高く、几帳面な性格で、着実に、丁寧に仕上げていったのだと思います。 それを一目見ただけで分るというのは、それだけ一生懸命に伝統の技をこれに注いでいったのだと思います。 |
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| 3/25 | ハジュラル絨毯2枚。 一枚は修理して完璧な状態にしたもの、もう一枚は蛾に浸食されて、そのままです。 このヤストックだけ、置かれていた場所が悪かったのだと思います。 中心部をくりぬいてクッションカバーにする事を一瞬考えましたが、表面を見ると「どこが悪いの?」という位です。 これなら、このまま安価に販売した方が良いと思いました。 なお、この虫食いがある絨毯、カイセリではタダ同然です。 これらを買い付けて外国に高く売りつける伝統的な騙しの手法が、今もなお盛んに行われていますので、品物選びにはお気を付け下さい。 |
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| 3/18 | ハジュラル絨毯2枚。 僅かな価格差は、極微妙なパイルの状態を勘案したものです。 初めてこれらを目にした時、工房系の整った絨毯の裏面から、「何だろう、イランものとは違うし?」と思い、見識を深めるつもりで質問したところ、買う事になっていました。 その時は分かっていませんでしたが、友人は彼自身が喉から手が出るほど欲しかった絨毯、偶々、応接間にあった為、私が目に留めてしまいました。 頭の回転の速い彼は、自分が買い取って儲ける事を辞めて、私にその権利を私に譲る事にして、直ぐさまオーナーとの交渉に入ったという訳です。 後になってから理解したため、その時はいぶしがっていました。 また、最近になって教えて貰いましたが、かつてカイセリには数多くの絨毯工房があり、その数は数え切れない程だったそうです。 勿論、今は一軒も残っていませんし、その名残りすら感じ取る事はできません。 ただ、今でも糸だけを売る店が何軒かあり、糸の販売だけで生計を立てる事は困難な筈で、どうしてこれ程に色々な糸の店があるのか不思議でした。 その内の一軒に房止め用の糸を買いに行くと、案内された地下室にはかつて商いをしていたものと思われる草木染の糸が見つかりました。 思い返すと、それらはきっと、かつてこの地で必要とされ、盛んに制作されていたものだと、今になって思い付きました。 ハジュラル絨毯は、最高の部材と職人を使います。 もしかすると極初期の頃は自ら糸の選別から染めまでを行っていたかもしれませんが、そこまで手掛けると膨大な経費になるため、専門の工房に糸の制作を依頼していたと推察されます。 そして、この名残りが今のカイセリにも見られるという訳ですが、多分、後3年も持たず全て消滅するでしょう。 |
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| 3/11 | カイセリ県の中央に位置するビュンヤン地区/市、その名が示す通り、ビュンヤン絨毯が織られていた主要エリアですが、絨毯が制作されていたのはビュンヤン地区に限定されず、広く周辺各地に広がっていました。 そんな中、カイセリの中心地では差別化を図り、より上質で細い糸、より腕利きの職人を雇って特別な絨毯の制作が行われていました。 それがハジュラル地区/市、その名を取ってハジュラル絨毯と呼ばれます。 ビュンヤン絨毯に比べれば数量は圧倒的に少なく、出会うチャンスはとても稀です。 既に掲載済みのビュンヤン絨毯の殆ど、赤と緑のビュンヤンがハジュラル絨毯でした。 ca259/260/298/301/302/303/305/324/325 ハジュラル絨毯はビュンヤン絨毯の1.5~2倍の価格で品質・グレードにより細分化されています。 以下に、ハジラル市(地区)の公式 HPより抜粋した概要を記します。(自動翻訳) 『私たち人々は、以前、ブドウ栽培、畑農業、畜産、手工芸などの地域条件に関連した仕事に従事していましたが、特に耕作可能な土地の不足により、新たな異なる仕事の機会を求めていました。このプロセスは、今日の産業と貿易を前面に押し上げています。 1940年代に人々の主要な生計手段として始まった織物は、「ハジラル・クロス」と呼ばれる布織物に続き、1950年代には手織りのカーペット織りへと移行しました。絹の絨毯織りは現在も続いていますが、ほとんど行われていません。 技術の進歩により、織物は貿易や産業に取って代わられました。ハジラルの人々は絹や羊毛の絨毯織り、家具製造、貿易において大きな成功を収め、州全体でその実力を証明し、発言権を発揮しました。』 【変更】 ca259/260/298/301/302/303/305/324/325について、bunyan→Hacılar ※「ı」は、「i」の上に点がなく、ウと発音します。 掲載時にビュンヤン絨毯と表記していましたが、後に、 ハジュラル絨毯/Hacılarだと分かりました。 説明はそのままで、タイトルのみを変更します。 |
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コンヤのジハンベイルと思われる絨毯。 カイセリとマラティアの友人に確認したので、間違いないと思います。 ある意味、マラティアよりもクルドらしさが残っているのがジハンベイル。 時代の流れで、マラティアでは失われた伝統的なスタイルが、当時のままに残っているのがジハンベイルの面白いところ。 面白いと言えば、前に掲載したカイセリのイェシルヒサルとジハンベイルは地理的に割と近くです。 色味は近いですが、デザインが全く違います。 前者は直線的な模様が皆無で複雑な模様を描くのに対し、これは殆どが直線的な模様で構成されています。 それぞれの絨毯が持つ文化的な背景が異なると、こうも違ってくるものなのかと。 希望価格は4.2万円以上ですが、可能な限り控え目に設定しました。 今は全てが高くなっているので、例え同じものが見つかってもこの価格で提供する事はもう不可能です。 |
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| 3/ 4 | 買い付けた時は気が付きませんでしたが、洗って、日干ししている時に、色目が違う事に気が付きました。 もう一方の茶色も自然な感じで良いと思いますし、これらは制作者の好みによるものなのか、より暗めのトーンを用いる事で、シックな風合いに仕立ててあります。 明るく写っている掲載画像では余り青味を感じませんが、肉眼で見ると青紫です。 藍染の伝統が失われた後に見られる最後の青色。 青色染料はインディゴに最も多くの色素が含まれており、深く、濃い青色に染まりますが、他の植物を使った場合、同じ青色には染まりません。 茜をアルミ触媒で染めれば青紫になりますが、実際にどのようにして染めたのかは不明です。 また、ca329に変形がある事は買い付けた時から分かっていました。 もし破損等のダメージであれば買い取りを遠慮しますが、絨毯として使う分には支障のない変形ですし、これを含めて買い取ればトータルが安くなるので、まとめ買いしました。 もし、歪みのあるものとない物を2枚セットでご購入頂ける場合は、更に1,000円値引します。 |
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| 2/25 | イェシルヒサル絨毯を2枚。 いずれもカイセリで手に入れました。 グレード的にはノーマル程度、西隣のニーデとの県境に接していますが、ニーデとはタイプが違いますし、カイセリを代表するヤフヤルほど密ではありません。 イェシルヒサル独特のスタイルが受け継がれ、複雑な模様を描くのに特化しているようです。 色目の数も少ないですが、その分、小さな点で描写できる絨毯ならではの凝ったデザインに重きを置いていると言えます。 オールドの作品ではそういった手間暇が価格に関係しないので、色柄が好みならばお買い得、これより10年程度若くなれば全ての色合いが化学染料に変わりますが、原価は同じと言う理不尽があります。 なお、安価に設定するため、自分で洗い、裏面の日干し等も自分で行いました。 一夏手間をかけて、やっと提供可能な状態になりました。 全部で4枚を手に入れ、今回は2枚、次週は残りの2枚を掲載します。 色合いが微妙に異なり、こちらのブラウンが青紫色になります。 |
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| 2/18 | フィールドが緑色のビュンヤンを2枚。 全く同じように見え、確かにほぼ同じですが、やはり人の手仕事であり、細部の装飾や色の配合等は織り手まかせだったのでしょう、微妙な違いはあります。 かつてカイセリに行けば小さなビュンヤンは普通にどこにでもある絨毯でした。 ただ、カイセリの友達は代々続く絨毯屋であり、買い付ける際は慎重に品物を見極めています。 買い付けに同行すると、一瞬で良し悪しを見極めているのには驚かされます。 そして、これらビュンヤンは他のものと共に、彼の店、昔のバサールの一角の壁際に山のように積まれていました。 当時は兄弟で店を経営しており、そのお兄さんが更に目利きなので、彼の店にある在庫は、そう特別なものは無いにしても、それなりのランクを備えたものばかり。 それでも、特に欲しいわけでもありませんでしたが、彼が店舗移転のための現金が欲しいという事で、割引して貰うとイスタンブルの半値。 当時、この緑色は5枚程度しかなく、その内一枚には破損があったため、残りを全部買い取り、今回が最後の掲載です。 解説でも触れましたが、偶々、今回は撮影したものが手元にあり、実物に触れながらどう説明するか思案していたところ、「あれ」「毛並みが違う」と気が付きました。 デザインがマンチェスター系なので、何かしら違うタイプのウールが使われていそうです。 実際のところ、カイセリの友人でさえマンチェスターとビュンヤンのどちらか微妙なものがありますので、それもその一つだと思います。 |
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| 2/ 4 | シャワックのヤストック。 余程、裏面のキリムを切り離そうと思いましたが、天然色の横のかがり糸を見ていると惜しくなりました。 このかがり糸、解くだけでも半日近くかかります。 ハサミで乱暴に切ると、絨毯側の本体を傷つけるからです。 (乱雑に落とした事で、端が壊れたヤストックはざらにあります。) 房止めを承ると1日仕事になり、ストレッチは一週間掛かります。 因みに、イスタンブルで洗いと房止め、ストレッチを行うと75ドル。 これだけで12,000円。 それに原価と送料、関税の費用を含めていれば、このヤストックは5万円でも安い位。 マラティアまで足を運んで仕入れ、各種経費を切り詰めて、ギリギリの価格設定なので、追加の手入れには費用をお願いします。 そこまで安価な価格設定にする必要はないのではとすら思える、結構、質の良いシャワックです。 |
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| 1/28 | 最高峰のマンチェスター絨毯。 解説に触れた通り、カイセリのバザールの中心部からやや外れた所にひっそりと佇む小さな絨毯屋にあったものです。 店に入ると、一番にこのマンチェスター絨毯が目に飛び込んできました。 店の風格を象徴する為にも、店内の一番目に付く場所にはそういった類の壁飾りが必要になります。 ただ、商談は2階のスペースで行われるので、実際、これは見せるためだけにあるものです。 一度見たもの、気に入った物を忘れる事ができない私は、商談が始まって、他のマンチェスター絨毯を何枚見せて貰っても上の空。 下の階で見たものの印象が強烈過ぎて他の物がかすんで見えて、いくら類似のマンチェスターでも、二の次になります。 幸い、このオーナーは特別にこだわりがないので商談に入りましたが、店のオーナーは一番良い物は売ろうとはしないか、高く釣り上げてきます。 安く買い取る事はできませんでしたが、私の友人が持っているその小さなマンチェスター絨毯の飾りは、3,000ドルだと言われているので、それよりは安価に価格設定しています。 |
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| 1/21 | ポルガの祈祷用絨毯。 ポルガに祈祷用の絨毯があるとは知りませんでした。 それも脈絡と受け継がれてきた伝統的な風貌を兼ね備えています。 もしかすると、知らないうちに何処かで見ているかもしれません。 クルド人の居住していた村ですから、絨毯があるのは当然と言えば当然。 彼らは食事の際、細長い絨毯を敷いて壁を背もたれにするので、絨毯は欠かせません。 同じ機材を使い、お祈り用の絨毯を制作したと考えられますが、如何せん、数量が限られています。 特にポルガのような小さな集落であれば尚更。 あの渓谷の冬場はとても寒い所ですから、きっと、その羊達は寒さをしのぐためにも保温性の高い毛を持っていたと思われます。 それを刈ってウールを取ったものを選別し、糸にするだけで一年が経過します。 作り置いていた手紬糸を染色するのは、初夏の頃。 男達が染料の材料を探して山に入り、それを干す等した後に染色し、渓谷の川で濯いで屋根の上に干していた事でしょう。 自然の中で育まれてきた素材と伝統が融合した、正に芸術作品の域に達したポルガ、今はもうその名を惜しむのみです。 |
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| 1/14 | クルシェヒルの田舎絨毯、カイセリで買い取りました。 現地でお世話になっている地元ディーラーの方がお店の前の空きスペースで日干ししてあり、滞在中、ずっと気になっていました。 色目が好きな訳でも、また、このデザインが好きな訳でもありません。 ボンボンと大きな模様が織り込まれ、大らかな感じの絨毯ですが、何処か気を引くところがあります。 年代の若さからくる技術不足による大柄ではなく、精巧に織りあげる腕はあるのに、敢えてこういうスタイルに仕上げている所が面白いと感じます。 大雑把に勘に頼って制作したように思わせつつ、実は、綿密に計算されていたという事が、ゆっくり見ていると分かります。 見方次第ですが、赤いミフラブを取り囲む大きな花柄はまるで蝶が飛んでいるかのようで、ある意味、織り手の考える天国のイメージかもしれません。 普段、買い取らないタイプであり価格も控え目に設定しました。 |
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| 1/ 7 | アフシャル族のものと推定される古い絨毯。 当時、やや難ありの絨毯を2枚セットで買い取り、一枚は洗って家庭消費、今も冬場には日常使いで重宝しています。 ただこれには破損があり、どうすれば良いのか分からず、そのまま実家に放置。 30年の間に2度程は広げる機会がありました。 でもその時には何の知識もなく、また、どうすべきなのか見当すらつきませんでした。 今やっと絨毯についての知識もでき、また、クリーニングの腕も上達したので、洗う勇気が出ました。 古そうに見えても、古く見せかけるためにインクを塗っているものが存在します。 真実は洗う事でのみ判明しますから、余計なものは全て洗い落とすつもりで、フル洗浄。 勿論、裏面も洗いました。 全ての汚れの類を落としたかったからです。 洗剤を掛けて少し洗った後、しばらく放置して汚れが浮き上がるのを待って洗い始めると、古い絨毯によくある液体はでましたが、想定していた赤が出てきません。 干していると、「あれ、案外良いものかも?」と思えてきました。 乾いてみると、本当に古い絨毯でした。 クッションカバーに加工する事も考えましたが、1枚当たり1,000円の加工賃と輸送費等を考えると利益はほとんど皆無。 洗った手間賃だけ損をした気がしますが、絨毯がとても綺麗になったので、それが何より。 洗った後で3か月が経過して、臭いが出てくるかと危惧しましたが、全くありません。 なお、同時に手に入れた絨毯がバクティアリでしたので、これも同じだと最初は思っていましたが、パイルの並びを見ていると少し違い、アフシャル族に落ち着きました。 グーグルで検索すると次のような一説がありましたので、間違いないと思います。 「19世紀のアンティーク・アフシャール絨毯は、その職人技とウールの質感が特徴です。 色彩は鮮やかで、深い藍、カーネリアン、サフラン、黄土色が主流です。」 |
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| 12/24 | かなり前に買い付けたのですが、手放すと二度と手に入らない気がして、長らく保管していました。 イスタンブル滞在時、アナトリアから送られてくる大量のキリム山を開封していると、不可思議なキリムが見つかります。 普段、私達が目にするのは、その内の極一部に過ぎないのだと分かります。 そもそもキリムは自ら家庭で使用する物であり、決まった形式にする必要はありません。 ただ、彼女達は、子供の頃から身近に接してきた親しみのある色合いやデザインが正しい物なのだという意識を、自然と持つようになります。 このキリムの製作者が、より情報の制約される田舎に住んでいた場合、作業時間の制約、機材の面からも選択肢が限られたとすれば、これが精一杯の作品だったのではないでしょうか。 そういったキリム本来の必然性から織り上げた作品を目にすると、改めて彼らの文化が持っていた失われた文化の大切さがしみじみと感じられます。 |
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| 12/10&17 | カシャーンの古い絨毯からのクッションカバー。 ペルシャ絨毯の最高峰と称されるカシャンの全盛期は19世紀とされ、正にお宝と言えるこの当時の作品は芸術品の域に達しており、殆どが個人や博物館等の所蔵となっています。 (最高峰がどうかは個体により評価が異なりますので、あくまで一般論です。) 昨今、市場に出てくるものは20世紀の作品が大半ですが、今回手に入れたものは19世紀の末、1890年以前に制作された作品です。 フィールド部分には、赤色の色むらを使ってあります。 カシャーンに色むら?と思われるかもしれませんが、最高峰のモタシャム・カシャーンには随所に色むらを使っている事に定評があり、これも迷う事なく色むらを使ったのだと思われ、やや淡く染められたパステル調の赤色もその影響が及んだものと思われます。 また、このカシャーンは唐草模様の描写が特に繊細で、花弁は一つ一つが本物の草花と同じかそれ以上に生きていきと描かれています。 特にボーダー部に顕著であり、細密な花柄模様が隙間なく押し込まれています。 この画像をテヘランの絨毯屋に見て貰った所、デザイン性が見慣れたカシャーンと違うので、何人か友人に聞いてみるから少し待ってと言われたほど。 同じ一枚の絨毯を織り上げるのにここまでの手間暇を掛けているという事は、これは個人が発注した作品と思われます。 大振りなサイズが見栄えがするのは当然ですが、これは小さなサイズでもぎゅっと模様を小さく押し込んであるので、見事という言葉しか見つかりません。 カシャーンのアンティーク絨毯の素晴らしさは織り目の細かさとウールの品質の素晴らしさに顕著で、それは古くなればなるほどに優れています。 油脂分を多く含むウールは、経年により妖艶な艶を放ち見るものを誘惑します。 もしパイルが擦り切れていればその魅力も分かり難くなりますが、今回のカシャーンも何らかの事故で穴が開いてしまって使われなくなったお陰で、全体画像をご覧の通り、そのままでも販売可能であり、現状のままに保存されていました。 当初、修理した上で販売する計画でしたが、小さな破損まで含めると修理代金が絨毯の原価の何倍にもなる事から、止むを得ずクッションカバーに加工しました。 穴の部分を避けて全ての部分をクッションカバーにしましたので、今回はミニバック等はありません。 また、前回の作品ではボーダーが中心になりましたが、今回はフィールド部分も多く入ります。 価格面では前作と同じサイズ比ベースの価格率とし、パイルの状態等から微妙に差を設けてあります。 |
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| 12/ 3 | 大判サイズから少し小さくなったフェティエ。 私が見つけた時には、既にこの状態でした。 フェティエの魅力はやはり天然色とシンプルな縞模様の連続性との兼ね合い、そして低価格です。 それらの点、これはほぼ満点。 縞模様が失われていても使用するに何ら不具合はなく、むしろ、現状は修理のないのが嘘のよう。 黙っていれば、縞模様が失われている事も分かりません。 ただ、私はそれを理由に少し安く買い取ったので安く販売しますが、年代や品質、色合い等を加味すれば、10万円クラスのフェティエです。 |
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| 11/26 | 非常に数の少ない中版サイズのフェティエ。 大きなサイズは敷物としての需要があり、小さなサイズもお祈り用として需要がありました。 一番、需要の少なかったのがこの中判サイズ。 遊牧生活を辞めたとしてもキリムの需要はありますが、それらはジジムが主流になりました。 持ち運ぶのに適した縞模様を家の中で使うの、は極稀であったという事です。 時代が変わり、インテリアとしてキリムを使う場合、家具類や部屋との相性が気になるところですが、フェティエの縞模様キリムは、ラクダ色のせいか、木目のようにも見えて日本の家との相性が良いキリムです。 原価で比べた時、希少な中版サイズの価格は、大きなサイズとそう変わらないので、面積比でのメリットは少ないですが、このフェティエの縞模様キリムは色目の良さ、ほぼ天然色であり、また、品質が優れているので、買い取ってきました。 その中判サイズの希少性から、しばしば大判キリムを4つに切り分ける事があります。 その類のキリムは左右の端に下手なかがりを入れてあるので、慣れた人ならばすぐに分かりますが、経験がないと分かりにくいと思います。 1枚から4枚のキリムを作れるため、価格的にかなり魅力的になる事で発見が遅れるからです。 |
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| 11/19 | アレッポ辺りで織られたレイハンル。 色鮮やかで、少し離れて見ると大らかな感じがするものの、近くで見ると凄まじい仕事振りが伺えるキリム。 手に入れたのは、トルコではなくもっと東の国から。 どういうルートで流れたのかは分かりません。 少しトルクメンぽい様子もするので、本国に里帰りした際に持参したとかでしょうか? 手に入れた後、自分で手洗いしましたが、やはり気になるのでイスタンブルに持参し、クリーニングと軽くストレッチを施しました。 このキリムも日本に持ち帰る前、預けていた店から取り出してカバンに詰めようとすると、イタリア人の同業者から譲ってほしいと言われました。 その方はそれ程キリムの詳しいわけでも無く、このキリムの事をよく分かっていなかったと思います。 ただ、色合いが美しいので、自分が販売できると確信したのだと思いますが、せっかく手に入れた珍しい品物を安く譲る理由は全くなく、2,000ドル支払うなら譲りますと答えて、断りました。 彼の販売価格がその位だからです。 唯一、このキリムを見て素性を理解したのは、例のマラティアの修理人だけ。 色合い、見た事もないデザイン性と言い、コレクションにするにはピッタリなので、販売する予定はなく、ずっと保管していました。 販売用のアンティークキリムのフラグメント系が在庫に無くなったのでご紹介しますが、販売予定では無かったものです。 |
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| 11/12 | カイセリの田舎で買い付けたアフシャル族のものと思われる絨毯で作ったクッションカバーの追加です。 デザインや色合いは、同じクルド系のカシュカイやセネの絨毯と通じるものがあります。 全体画像は、カイセリでクリーニングを済ませて、イスタンブルのクッション加工場に送る前に記録用に撮影したものです。 初めてこの絨毯を目にした時、どうすることもできないので、スルーしました。 勿論、画像ほどには綺麗ではなく、薄汚れていましたから尚更。 ただ、友人がボーダーから良いクッションカバーが取れるというので思い直しました。 ただ、ボーダーだけでは横幅が足りず、擦り切れているフィールド部分まで使わなければなりません。 それでも半信半疑のまま加工しても貰って、いざ届いた品物を見ると天然色の美しさに感動。 特に薄暗い所で妖艶な光を放ちます。 推定年代は1900~1910年の間。 彼らの絨毯らしい紺色を基調とした色合いで統一され、他の産地の様にフィールド部分の背面に赤や他の色でコントラストを出すとかといった小細工は無く、ただひたすらに用意された色糸で決められた模様を織り込むだけ、その無骨さが独特の味わいを生み出しています。 青も緑も濃く深い色合いに染められ、ブラウンはほのかになすび色を帯び、赤色は少し朱味がかった紛れもなく古い年代の色。 土地柄、色濃いものが好まれたので、少し年代の幅を見ていますが、色合いは文句なしの上等な天然色。 パイルの残っている部分を使うので、全体像で思っていた程にはダメージを気にせずに済みますし、何より、長い年月を生き延びてきたパイルの放つ艶々とした風合いは格別です。 あと、ボーダー部分のより外側はパイルがかなり残っているので、元々はこれ程に厚みがあったんだと感心しながら、パイルが短い部分でもオールドとは明らかに違う存在感、光の反射具合などの存在感に感動します。 なお、これもイラン絨毯の一種であり、絨毯のベースが強靭に作られているのでパイルが失われていてもクッションカバーとして使う分には特段の問題はありません。 |
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| 11/ 5 | オブルクを代表するキリムの2枚目。 よく似たデザインと色目のキリムが続きますから、このようなオブルクが普通なのかと勘違いしそうですが、これはとても稀です。 だからこそ、買い付けてきたので、普通のどこにでも見つかるようなキリムであれば元から見向きもしません。 当時ですら、小振りでダメージのある小さなオブルクのアンティークより、少し年代が若くても、このようなキリムの方が割高でした。 これだけ優れた装飾性で使用感もなく、状態も完璧となれば、当然、高い価格になります。 その為、仕入れ価格も高かったと思われ、値切る事はしませんでした。 本当に気に入っていただける方があれば幸いです。 |
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| 10/31 | 売り切りたいので、大幅値下げをしました。 上質なウール、力強い天然色、ふかふかパイル、ダゲスタン絨毯の魅力を味わって下さい。 秋冬の贈り物にいかがでしょう? |
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| 10/29 | オブルクのお祈り用キリムのデザインを用いた、壁飾りか敷物用キリム。 コンヤ地方の中でも東の横綱格、オブルクは地理的にもホタムシに近く、キリムに使われているウールやデザインに似通っているところがあります。 いずれもトルクメン系です。 ですから、彼らは細密な描写を得意としています。 あえて華美なデザインとはしない傾向にありますが、もし、彼らが作ろうと思えばこのようなデザインに仕上げる事もそう至難の業ではなかったと思います。 細部を見れば、一つ一つの模様が緻密なデザイン構成の上で出来上がっていると分かります。 そして、その一つずつの積み重ねで出来上がった一枚のキリムが、オブルクらしい左右の均整の取れた精巧なデザインに仕上がっています。 さすがに、オブルクの名で呼ばれるだけあり、優れた技の結集です。 これもかなり以前に買い付けたものであり、今の相場ではとても仕入れすら叶いません。 今度見つけたら地元の相場を聞いてみたいと思います。 |
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| 10/22 | クルホユクのお祈り用キリム。 随分前に、キリムのマニアのような方から買い取りました。 一度、彼の保有するキリムについて説明を聞いた事があり、他のキリムと何がどう違い、何処がどう優れているのか、ほんの一瞬見ただけで自らの見識で理解できる人です。 普段、多くは語りませんが、一度、スイッチが入ると別人のように語り始めます。 ある日、私が彼の見せるキリムに逐一注文を付けて、「要らない」「これも要らない」を繰り返していると、少し彼の機嫌を損ねたかもしれないと気付きました。 それで、申し訳ないという内容の言い訳をしたところ、彼曰く「私も普段から同じ事をしている。」から良く分かるとの事。 確かに、彼の気に入る品物とは一体、どんなものなのだろうと思ってしまいます。 今はもう彼と接触する機会はありませんが、時間があれば彼の店を訪問して彼自慢のキリムを見てみたいと思える人です。 この制作年代も1920年頃と思いますが、慎重を期して、控えめにしています。 本文に記した通り、ただ単に装飾性に優れるだけでなく、密に得られており、制作するのはさぞ大変だったと推察できる逸品です。 因みに、今この手の良質なクルホユクを仕入れようとすると、私の仕入れ価格が15万円程となりますが、それでもこれよりグレードが落ちます。 |
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| 10/15 | 最もシナンらしいキリム。 ヤストックのデザインを大きくしてボーダーを付けて出来上がったのがこの形。 シナンのデザインで埋め尽くされています。 実際、シナンには有名なお祈り用キリムのデザインもある中、これは敢てそのまま、ヤストックに描かれるメダリオンのデザインのみで統一。 いろいろな理由があったと思いますが、その内の一つには遊牧生活を止めて定住した事が影響していると思います。 小振りなお祈り用キリムの需要が無くなり、家で使うキリムが主役になり、また、その中で、壁に掛けて使うキリムの需要が出てきました。 もうヤストックを制作する機会は無くなっても、こうしてキリムならばまだ活躍できる。 このキリムを見ていると制作者がそう言っている気がします。 |
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| 10/ 8 | 毎年、夏場にはフラグメント等の天然色のキリムを掲載しています。 遅ればせながら、今年も同様に少しだけ掲載します。 これら古いキリムで割安に買えるものはほぼ消滅したので、もう何年か買い付けしていません。 そのため、今回ご紹介するものは、私がコレクション的な意味合いも含めて持ち合わせていた物になります。 どれも実物をご覧になって「欲しい」と言われる方がありましたが、お断りして本日に至ります。 最初を飾るのは、アダナ周辺エリアで制作されたと思われるキリム。 トルコから遠く離れた国から、現状のまま国際郵便で取り寄せました。 シルクロードを東に向かって流れていったキリムだと思います。 産地については、一度、シワスとマラティアの県境のギュリュンに傾きかけましたが、この地方のキリムの隙間の空いたゆったり感とは違う遊牧民系の面もちをしています。 そういう意味合いでは、アイドゥンに似ている所があります。 そして、そのアイドゥンの遊牧民の祖先もホタムシと呼ばれる人達で、彼らトルクメン系の人達がアダナ方面から西へと移動していったわけです。 もう殆どの答えは見えているので、制作された場所を決めてしまう必要もないと思います。 これだけの大作ですから、生半可な気持ちで制作には取り掛かれません。 他のどのキリムとも違う多様性を発揮したユニークさが自慢の逸品です。 |
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| 10/ 1 | シャサワンの遊牧民が制作した衣装袋の小さなパネル。 カイセリにあるコレクター御用達の店から買い取りました。 ピシニクのヤストックを買ったのと同じ店ですが、今はもう経営から退かれた別の共同オーナーの方から買いました。 色々なタイプの衣装袋がありますが、やはり一番人気なのは、このドラゴンスマック。 キリムやジジム等の平坦な模様のパネルは安く、今でも贅沢を言わなければ入手は可能ですが、このスマックは、世界中の人が欲しがっています。 丁度、先月、9月の中頃にイスタンブルでシャサワンのパネルを見付けたので、今の相場がいくらなのか知りたくて値段を尋ねました。 勿論、観光客としてではありません。 私の目利きを披露すれば、相手の態度は一気に豹変します。 その上での最初の提示額は、幾らだと思います? 何と「400ドル」(6万円です)。 勿論、一枚だけ。 理由を尋ねると、「良い物はもう出てこない。」と私と同じ見解。 イマイチなものはまだありますが、「欲しい」と思う物が見つかりません。 買い取った後はすかさず日本に持ち帰り、手洗いしました。 汚れはほとんど出ませんでしたが、僅かな時間でもブラウンが少し溶けて出ていたので、間違いなくかなり古い物です。 |
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| 9/24 | カイセリのコレクター兼キリム屋から買い取ったキリム。 3代続くキリム屋だけの事はあり、仕入れ先のコネが素晴らしく、この業界では有数の方、また、地元では名の知れた資産家です。 このキリムは、彼自身か家族が所有の物だったと思います。 賢い方で、私の訪問が3回目にもなると、目ぼしい物が彼の在庫にはもう無いと悟り、倉庫の中に保管されている家族の所有するキリムの中から私が気に入りそうなものを選んで、訪問前に準備しておいてくれました。 その時、このカルスと他に2点程買い求めたと思います。 後にも先にも、私好みのキリムを目ざとく用意してその商談だけに掛けると言う才能の持ち主に出会った事は、一度もありません。 それだけ目利きの彼、又は彼の父親が買い付けたキリムだからこそ、私の好みにも合っていたのだと思います。 ただ彼らも、この年号が指す年号は分かっていなかったと思います。 その後、日本に発送する前にイスタンブルの店で預かって置いて貰っていた所、その店を訪れた客から買いたいと言うオファーがありました。 その際、私が提示した価格は2,000ドル、大体30万円です。 どこの馬の骨ともわからない客に安く譲る必要はありませんから、高めの価格を提示しました。 もしかすると、その顧客は年号が読めたのかもしれません。 また、周知の通り、日本国内でエルズルムの名で販売されているキリムは、8割方が他の土地で制作されたものです。 ミフラブ模様=エルズルム=高いという連想から用いられたと思います。 その点、これは限りなくエルズルムに近い祈祷用のキリムです。 |
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| 9/17 | 知る人ぞ知るポルガのキリムです。 アナトリア東部で “YEŞİL”「イェシル/緑」の名を冠するものは、大抵がクルド語に由来するものです。 また、偶々かもしれませんが、この村のキリムには緑が使われる事が多く、緑の園をイメージしていたのではないかと推察。 シナンのキリムと酷似しており、しばしば分からなくなる事があります。 ポルガはシナンよりもよりクルディシュな味わい、赤と黒、そして、緑とオレンジと覚えていれば簡単に見分けがつきますが、もうその目利きの機会はなさそう。 変形を伴う事が多く、粗末な水平機で織り進めた所為か、完全に斜めに織られたポルガもあります。 でも、不思議とそういう手の物の方が味わい深く出来ています。 ポルガはお祈り用のキリム・絨毯でも有名で、コレクターの垂涎の的です。 マラティアで買い付けましたので買値は安かったのですが、キリムの原価と変わらない価格を支払ってアクサライで修理して貰いました。 仕方なく、その費用を二分しています。 でも、その理由が分かったので、今はその修理代金に満足。 そもそも、マラティアまで出張して買い付けた後、そのキリムをカイセリに送って貰い、カイセリで検品中に不具合を見つけ出し、アクサライから修理職人を呼び出して修理を依頼、半年後に受け取りと支払いをする予定が、コロナが発生して4年後位に受け取ると言う、とても困難を乗り越えた品々です。 ただ、今はもうそのプロの修理集団は解散し、今も残るのはほんの一握りの人だけ。 若い人は仕事を継ごうとはしないので、今の職人が辞めれば、今度は高度に発達した修理技術が失われてしまいます。 |
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| 9/10 | 小さなキリムシリーズの最後です。 小振りなキリムは大抵が自分で使うものであり、自分だけの特別仕様で出来ている事も少なくありません。 他にもまだそんな袋物は在庫にありますが、撮影できていないものもあり、機会があればまた何年か先にご紹介します。 この小さなガジャリ、何も情報はありませんが、見ただけでテーブルに使うのだと分かります。 所有していた修理屋の人もそう言っていました。 マラティア出身の彼ですが、彼が幼い頃に見た事が無いと言うのですから、一般的には使われていない物だと思います。 とても小さなキリムではありますが、そこに置いてあるだけで何か引き寄せられる不思議な魅力を秘めていると感じられ、きっと制作者にとっては大切な物だったのでしょう。 |
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| 9/ 3 | シワス方面で制作されたと思われるエプロン。 エプロンのキリムは他に数枚保有していますが、どれも造りが質素、薄く・軽くて、柔らかい正に実用向きなものばかり。 そんな中、唯一、使い勝手の悪いのがブルガリアのエプロンで、外周を取り囲むようにシムが入れられて折れ曲がりにくく、常に、前面の装飾が見えるように工夫されています。 きっと、着飾る民族衣装に合わせて制作されたものと思われます。 同じ考え方から、これも何かしら見せる為のものとして作られたような気がします。 この重くて使い勝手の悪いコロンの着いたエプロンを日常的に使うとはどうしても考えられません。 仮に、これがエプロンの形ではなく、単なるジジムであったならば、その珍しい作りやお祈り用を意識させるデザインから、高額な価格が付いたと思います。 |
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| 8/27 | シャサワンの人達が制作したと思われる袋表。 偶々、イラン北部からの照会があって買い付けました。 見た事もない袋表のキリムで、二度とは見つからないであろう珍しい袋物です。 おそらく農作物等を運ぶためではなく、何かしら身の回りの大事な物を仕舞って置くものの様な気がします。 単なる穀物袋であれば荷台に乗せて頻繁に運搬に使われ、ジジムは殆ど擦れてなくなるのが普通。 何より、ここまで派手な装飾は必要無いですし、汚れて色が分からなくなる収納袋に、このような装飾はしません。 これは美しいまま、取っておくための物だと思います。 また、ジジムで織り込まれた△のBの様な模様はS338と比べ、緻密さの点で劣るかもしれませんが、全ての模様の配色を考えながら織り進めて行くだけの総合的な技量をもった者が制作したものです。 二枚共、一長一短があり、甲乙つけ難い作品です。 |
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| 8/20 | シャサワンの遊牧民が制作したと思われる袋表。 一般的に、絨毯もキリムも、隙間を無くして模様で埋め尽くすスタイルが忍耐強い性格を示すものとして好まれます。 そうする事で、強度を上げる事も出来、見た目も良くて一石二鳥。 ただし、シャサワンは遊牧民であり、夏と冬の宿営地を移動するので、際限なく細かな仕事をする事は出来ません。 そんな彼らが特に手の込んだ仕事振りを見せてくれるのが衣装袋です。 そういった点から、ここまでの手の込んだ装飾を施すと言うのは、自分にとって大事な物を入れるものであったと推察されます。 サイズ的にはヤストックとチュアルの中間サイズ、単に穀物を入れるのならばここまで派手な装飾は必要ないですし、ジジムが擦れていない所を見ると、身の回りの物を入れる袋だったのかもしれません。 ジジムの装飾は多産の象徴ともいわれる形状をしており、自分自身の為か生まれてくる子供の為かもしれません。 次回は、これとよく似た袋からのキリムをもう一枚掲載します。 そちらはもっと遊牧民らしいワイルドなタイプで、ダメージも多いものの、それはそれで引きつけられるものがあります。 |
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| 8/ 6 | ベラミンのラクダキリム。 現地から送られてきた画像情報から、2016年の9月に買い付けたものです。 当時の為替レートが103円。 その時既にラクダの毛のキリムがなかなか見つからず、ずっと探していて、偶々テヘランの仲介業者から画像が届きました。 勿論、見て直ぐに買う事に決めましたが、穴の開いたキリムなのに相手の価格が強気なので理由を尋ねると、穴の開いている部分がほぼ真ん中と両端の為、2つに切り分ければ良く、その所為で価格が下がらないそう。 そうだろうなと思っていたので、「いくらでも構わないから、最後の値切り交渉した上で買い付けて欲しい。」と頼んで買い取りました。 ご存じの様に、ラクダは暑いところに住んでいる動物であると同時に、寒いところでも生きていけます。 この魔法の様なウールのお陰です。 夏の暑い時期、ウールものが敬遠される時期に掲載しようとして、毎年ウッカリ忘れていましたが、今年は覚えていたので今回ご紹介する事が出来ます。 余談になりますが、イランではラクダの毛は今でも人気があり、ラクダの毛を糸に加工した後、肌着のタイツや肘当てからセーター、コルセットや靴下等が今でも販売されています。 去年、イラン/トルコ国境で、それらラクダ製品を自分用に沢山買いました。 このベラミンをお買い上げの方に、ご希望がありましたらラクダウールの靴下を一足ずつプレゼントします。 機械織り、男性用フリーサイズ(38~46)、緩い踵付き。 ご注文時に、ご希望の有無をお伺いします。 (靴下不要でも、本体の値引きはありません。) |
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| 7/30 | シナン(S334・S335)の残り部分をクッションカバーに仕立てました。 濃紺と白いコットンのコントラストの中にコチニール由来の赤色とシンプルなだけに、下手なごまかしの効かないシナン独特の模様が描かれたキリム。 加工する前まで、キリムとして見た時の色彩の単調さが気になっていたところ、小さなクッションカバーにする事で、却って、その単調さが独特の味わいを醸し出していると感じるようになりました。 むしろ、この方が良かったのかもしれません。 大き目のクッションカバーでは、かなり賑やか感じる程です。 また、シナン特有の柔らかい糸で織られたアンティークですから、肌触りの点でも品質の高さも文句なし。 キリムの内側の布には、私がかつてカイセリで買い付けたダークレッドのコットンを当てたので、スリットから覗く赤色にもセンスが光ります。 元々、カイセリはリーバイスのジーンズ工場が立つ程コットンの生業が盛んだった土地柄、多分良いものです。 また、白いコットンが厚い夏場でもサラリとして清々しい。 サイズの他、模様の出具合により価格差を設けました。 シンプルな物が好みの方は、お買い得です。 なお、撮影では少し太陽光が差し込む状況での撮影の為、カットしたキリムに近い色合いが見て取れると思います。 |
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| 7/23 | カイセリのお爺さんの店(何処もお爺さんばかり)の奥底に古いキリムを隠してあり、それを知っている友人が勝手に引っ張り出して見せてくれました。 奇遇にも、シナンにある程度の見識のある私から見ると、作品としては上出来。 ただ、ダメージがあるので、一枚の作品して見て頂くにはある程度の修理が必要。 但し、コットンの修理は出来ても、同じ紺色は中々手に入らず、また、コチニールの退色した赤色は入手不可能。 高い修理代金を支払っても、それに見合うだけの付加価値が付けられません。 そして、小さくカットしてクッションカバーにしたのでは、この大きな羊の角の迫力なり、その良さを味わって頂く事は出来ません。 苦肉の策で、このようなカットキリムを制作しました。 極小さな穴だけは、修理しています。 実際の所、マラティアに行けば80年位前のこの手のキリムはまだ見つかります。 しかし、そのキリムを見た時、色合いこそ豊かな反面、何故か単調に感じて面白くありません。 やや強靭に織られていて、敷物用のキリムだからでしょうか? 仮にこのキリムがもう少し若くなれば、濃紺色が黒色に極めて近くなります。 そうなると白と黒のキリムに赤色が入るだけの面白みが半減するので、やはり、シナンのキリムの醍醐味はこの濃紺色です。 カットした所為で、オールドのキリムとそう変わらない価格でのご提供です。 |
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| 7/16 | カラプナル辺りで織られた古いキリムです。 ドイツ人のコレクターから買い取りましたので、街中で探し回って買うより150ドル程は高く買い付けたと思いますが、それを補っても有り余る魅力があるので決意しました。 やはり天然色の誘惑には敵いません。 特に古い時代の天然色を知っている人なら、見過ごせないものがあります。 これには古いキリムに必要な天然色のほぼ全てが含まれている上に、青系統の美しさは半端ではありません。 無論、コレクターも十分にそれが分かっていたからこそ手に入れられた訳なので、価格交渉は困難極み。 ドイツ人の気質と言うか、「自分がこう」と思ったなら一歩も引きません。 最終的に、販売価格がとても高くなってしまうので、原価率を大きく取って価格を控え目にしましたが、買い取ってからは12年近くが経過し、撮影したのは2014年の12月でした。 当時の為替レートで考えと、原価もそう割高ではなく、撮影してから掲載するのを躊躇していました。 カットされているとはいえ、今では化学染料のオールドキリムですらこれより高く売られているのも事実。 いずれにしても、使い込んでのハギレではありませんから、飾りがメインとなるでしょうが、一時的に敷物とする事も問題なく出来ます。 |
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| 7/ 9 | ベラミンタイプのキリム。 所有していたオーナーはオリジナルだと言い張りますが、同じキリムが二枚あり、どう見てもカットした事が明白。 それとも彼らは何も知らずに買い取ったのでしょうか? いずれにしても、二枚ある内の状態が良い方を買い取りました。 しばらく前の事ですから、残り半分は残っていないと思います。 解説に記した通り、緑色が絶妙です。 彼ら遊牧民系の人達は、ざっくり糸を束ねて染めますから、自然と色むらが出来ますが、そんな些細な色むら等気にせず濃厚な色合いに染め上げていきます。 二番染めの色糸は淡い色合いに染まりますが、草木染では当たり前の事、些細な事は気にしません。 織糸の撚り具合も部位によって様々、これぞ手仕事の味わいと言えます。 機械織りとは違う人の手にしか出来ない所作というものが気に入って頂けるなら、この手のキリムは見所が満載で、気に入って頂けると思います。 派手さは無くても、ぐっと引き寄せられるものがあります。 ボーダーはありますが、キリム本体の模様と同じで一体感があり、トルコのキリムとは違うイラン系らしい実用性を重視した独特の味わいが、不思議と日本の部屋との相性が良いので、人気のあるキリムの一つです。 |
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| 7/ 2 | イスタンブルでの買い付けを辞め、初めてカイセリに出向いて手に入れたキリムの一つ。 イスタンブルの業者はカイセリを始め、アナトリア各地で仕入れをしているので、私がそこで仕入れれば原価が安くなる筈でしたが、頑現実はそう甘くありません。 タフな価格交渉の上に微妙に安く手に入ったとして、クリーニングや修理、ストレッチの金額を加算していると、イススタンブルの価格とそう大きくは変わらず、下手をすると高くなる。 トルコに住んでいる訳ではないので、その手間は計り知れません。 また、ギュムルゲンに限った話ではありませんが、オールドのキリムそのものが消滅しつつあるため、価格は高騰する一方で市場価格は2.4倍ほど。 それでも、かなり以前に買い付けた物の為、私の販売価格は以前とそう変わりません。 そういえば、大きなサイズのギュムルゲンも在庫にあるのを思い出し、これは当時ですらとっておきの一枚だったので、今の相場がいくらになるのか想像もつきません。 ある意味楽しみな一枚です。 |
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| 6/25 | 白だけのキリム。 何も模様がありませんから、原価が安いと思われるでしょう。 私もそう考えました。 ところが、案外な額なので、正直、買い取るのは辞めようと思いました。 多分、卸元も同じ事を考えたと思います。 新作キリムならば、制作にかかる手間が少ない分、確かに安くなります。 しかし、オールドの場合は、枚数で換算されてしまうので、そうはなりません。 ただ、そう言われても、白だけのキリムに高値は付けられません。 そう話すと、少し下がったのでやっと手に入れましたが、今後とも、買い取る事はないだろうと思う一枚です。 模様の無いキリムが欲しい方に。 |
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| 6/18 | 久々にエシュメタイプの掲載を行います。 今年は天候が今一つで、屋外の撮影が例年の1/3以下しか行えず、過去に撮影したものの中から選びますが、一番にこれを掲載したいと思います。 解説に記載した通り、岡山の暑い太陽光の下で日干ししている間、地面にはゴザを敷いていたものの、風で埃を被っていた様子が気になっていたところで、急な雨が降り、キリムが濡れてしまいました。 これはダメだなと思い、思い切って洗い直しましたので、再度の日干しが必要。 都合、3シーズンを掛けて行い、全ての事を説明するのが困難な位掲載までに時間を要しました。 見た目、オールド感が十分に感じられると思いますが、未使用です。 使用したとすれば、洗浄と日干しの作業のみ。 ここまで手間暇かけていますが、原価にほんの僅かの手間賃を上乗せしただけの割引価格。 それも、為替レートが1ドル100円近くの当時に買い付けたものなので、今の為替レートなら実現不可能です。 |
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| 6/11 | カラプナルの飾り用ジジム かつては年に数枚程度が見つかっていましたが、これは良いなと思っても黒ずんでいて、明らかに何かの油由来の汚れがあります。 オールドですから汚れは当たり前、特にこのタイプで汚れの無いものは見つかりません。 そうと分ってはいても、一枚位は出て来るだろうと期待し続けて長い年月が過ぎ、諦めかけた頃にやっと一枚が見つかりました。 無理して買い取る必要もなかったのですが、初めから飾り用として制作されたジジムはそう数量もなく、見栄えの点でもかなり良く、飾りとして使うにはもってこい。 この一枚の他に、4mを超える壁飾りに良いものがありましたが、流石に大き過ぎるので、この一枚だけにしました。 今後とも、私の元には絶対に入荷する事はない一枚です。 |
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| 6/ 4 | ウルギュップで買い付けたフェティエ。 前にご紹介したフェティエと同じ人から買い取った物です。 既に掲載済みだと思っていましたが、未掲載の画像フォルダの中に見つけたので、やっと掲載する運びとなりました。 セールスポイントは、赤地のキリム。 極稀に模様の無いキリムもありますが、フェティエではこうして上下のボーダー模様+ジジムが入ります。 ざっくり見ただけでは、特段変わったところは無いように見えます。 でも、じっくり見ると、赤地のキリムの色むら加減、ジジムとの一体感にそそられるものがあります。 どうしてなのか分かりませんが、遊牧民キリムらしい手仕事の味わいが感じられます。 その時のエピソードを一つ。 丁度このキリム等を買い付けた際、店に来客がありました。 観光客かと思いましたが、キリムを見る目があるようで、店の中に入るなり、私の買い付けたキリムの山を興味深げに観察した中で、このフェティエが気に入ったようで、欲しそうにしています。 しばらくして、また戻ってくると言って、店を出ていきました。 店主が言うには、ユルギュップを撮影に来たクルーに間違いないらしい。 つまり、お金には余裕がある=高く売れると。 彼らが来たらこのフェティエを欲しいと言うだろうから、「転売して良いか?」と尋ねられ、「構わない。」と答えました。 しかし、その撮影クルーは他の場所を見つけたのか、戻っては来なかったようです。 |
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| 5/28 | ジジムの掲載を続けます。 このジジムもかなり以前、8年位前に買い付けたものです。 掲載が遅れたのは諸事情が重なった上に、買い取った時から良いものだと感じていたので、ついつい後回しになりました。 その実、これを持っていたのはクレイジーな位にキリムが好きなコレクターで、年代に関係なく、好きなものだけを買いつけていた人で、4代目という事もあって、そのコネはトルコ国内でもかなり有数の物があります。 その彼が気に入って買ったものですから、悪い物でないのは初めから分かっています。 具体的に、何処がどう良いのか上手く言う事は出来ません。 ただ、この模様の構成と色目の組み合わせの妙が愛らしい上に、ジジムも割と精巧なので、雑な感じがしません。 いろいろな要素が組み合わさって、ジジムとしての一体感がこの小さなサイズに上手く表現できていると感じます。 |
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| 5/21 | アンティークのカシャーン絨毯をポーチに加工しました。 クッションカバー工房のオーナーが若手に変わり(数年前の事)、日銭を稼ぐための安物の仕事を請け負う様になりました。 その所為か、経験も浅い上に、キリムや絨毯への知識が乏しく、安物の絨毯と高級品の区別が付きません。 工房のオーナーにしてみれば、工賃は同じなので、品物の良し悪しを区別する必要性は低くて良いかもしれませんが、余りの部分を出さない様にカットするのがプロの仕事なのに、それが今一つ。 ピッタリ40cmや60cmにカットする必要はなく、穴を避けて、最大限の面積を確保するという要望を汲み取る資質に欠けている気がします。 国民性? もっとも、この絨毯に破損が点在していたのも原因の一つです。 ともかく、余りの部分が大きくなりましたので、何かに加工しなければ採算が今一つです。 「何ができるか?」と工房のオーナーに尋ねると、この小物入れを提案され、サイズ的にピッタリなのでオーダーしました。 クッションカバーの半額程度の加工賃を要求された際には、初めから加工賃をふんだくるつもりだったのかもしれないと勘繰った程です。 最後に良い点を記すと、破損部を徹底して避けたので、このポーチのパイルが実に素晴らしく、クッションカバーに勝るとも劣りません。 世界に一つだけ、見せるだけでも自慢できるものが出来ました。 パイルの状態が良い事から、価格設定は、クッションカバーと同じサイズ比で計算の上、微妙に割安に設定しました。 |
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| 5/14 | ベルガマでも北部のチャナッカレ県近くにある山間の土地、コザックの産と思われるジジム。そう頻繁に見つかるものでもないので、手に入れた時は結構、嬉しかったです。 キリム屋の様にきちんと整理されたところではなく、アンタルヤの倉庫に山となって積まれたごちゃ混ぜの山の中からキリムを掘り出しますから、何があるのか全くわからない上、オールドのキリムは長いものばかりで、小さなものは数える程しかありません。 こちらがその在庫の様子です。 どうです!、見るのも嫌になりませんか? この全てのキリムを半日で全部点検するので、それはもう暑い中で、疲れます。 |
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| 5/ 7 | 偶々手に入れた、ミラスのお祈り用絨毯。 産地が分かったら掲載しようと思っていて、やっと判明しました 全く知りませんでしたが、ヨーロッパで一番人気なお祈り用絨毯がミラスなのだそうです。 絨毯職人の友人に頼めば完璧に復元できますが、その実、古いパイルを捨てて、新しい天然色の色糸を使い、使い込まれたように短くカットするので気が進みません。 彼の腕前は素晴らしく、擦れたパイルもある程度は残して、巧妙にパイルを入れ替えるので、見た目にはパイルが短くなっただけの古い絨毯になります。 ここでふと思うのが、そこまでパイルを入れ変えて果たして本当に価値があるでしょうか? 個人的には、古い物はそのままで、修理は原形を留める為の最低限にするべきでしょう。 勿論、それは販売する方の判断次第。 大金を掛けてでも修理すれば、高く売れるのがこの業界。 お金持ちは何処が修理で何処がオリジナルであるか等気にしません。 色柄やデザインが気に入れは、何一つ聞かずにポンと大金を支払うからです。 その為には、壊れたままではダメなんです。 そうして、巧妙に修理された絨毯は、お金持ちが来る店に預けています。 お金持ちのコレクターが所蔵するキリムや絨毯もそういうものだったりします。 私の個人的な考えでは、飾り等の用途に使うのであれば修理等せずとも、そのままで十分に価値があると思います。 もしこれにオリジナルのパイルがあれば、1万ドルは下りません。 |
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| 4/30 | カシャーンの古い絨毯をクッションカバーに加工しました。 ペルシャ絨毯の中でもマシャド等と共に、最高峰として知られるカシャーン。 推定年代は、1900年。 文句なしのアンティークな上に、フルパイル。 「加工して下さい」と言わんばかりに、亀裂が何か所も入っていました。 クッションカバーにする分には破損部分は切り落とせば何の支障も無く、むしろ安くなるなら好都合。 下手にパイルが短く擦り切れたままで残っているより、加工するには最適。 伝統的な花柄模様が極上の天然色で彩られた、最高のクッションカバーが出来上がりました。 仮に、破損の無い絨毯として市場に出てくれば、現地で7,500ドル、日本ではその3倍位になるでしょう。 価格設定は、サイズ比で計算の上、希少な大き目サイズのフルパイルを微妙に割高にしました。 反対に、細長いサイズは、ほんの気持ち割安です。 この細長い2つは、破損部分を取り除いてある為、パイルの状態が極めて良い為です。 個体毎にパイルが純目・逆目があり、光の反射具合が違うので、色合いも若干違って見えます。 |
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| 4/23 | マデンの絨毯ヤストック、後ろ面無し。 地元のカイセリで手に入れました。 正直な所、マデンの絨毯に詳しい訳ではありません。 ただ、古くて綺麗なヤストック絨毯を見かけ、欲しいと思ったのが偶々マデンで、その値段にびっくりしたのでよく覚えています。 地理的に、トロス山脈から伸びる山並みの土地が広がり、放牧に適した場所だと思います。 パイルの毛並みは、ヤフヤルの様な柔らかさも保持しながら一定の強靭さも兼ね備えた、正に実用向きの絨毯。 価格が高い訳は、数量が少ないので、売る側も強気になるのだと思います。 円安の所為で高く感じられるかもしれませんが、ドルでは250ドル程度、以前なら販売価格が3万円位になったと思います。 |
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| 4/16 | 最後のピシニク。 オーソドックスなパターンですが、これぞピシニクという逸品です。 数枚を同時に制作する必要があり、制作者の頭の中にあるデザインを思うがままに織り進めたのでしょう。 そういう即興的な作品につきものの、生き生きとした表情が感じられます。 制作に関しては、外注という方法を選んだかもしれませんが、ピシニクの家庭の娘さんが絨毯を制作できないとは考え難く、家族内で分業して制作にあたった可能性もあります。 一つ前のピシニク(fc241)もそうですが、古い絨毯の藍染は濃厚で、古くなればなる程、黒に近い濃紺になります。 オレンジ色もとても強く染められていて、濃紺との組み合わせで負けないような色彩にしたのだと思います。 残念ながら、アンティークのピシニクはもう見つかりません。 コレクターが換金目的で売る等で、数点が出て来るだけです。 オールドであれば、こちら(ca310)に超破格値で掲載してある通り、まだ時折見つかります。 |
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| 4/ 9 | アンティークのピシニク3点目、残りは一枚。 これらはカイセリのコレクターから買い取ったものです。 もっとも、当時の私はこれらがピシニクであるという事すら知りませんでした。 ただ、古くて綺麗な絨毯を選んだら、それが偶々全てピシニクでした。 その後、マラティアでピシニクを買うようになり、聞くと彼はアドゥヤマンの出身で、ピシニクのあったと推定される場所、マラティアとの県境近くから来ています。 彼独自の仕入れルートを持っているのでしょう。 仮定の話として、後ろ面を切り離してアンティークのジジムと絨毯としてご紹介すれば、誰もヤストックから切り離したとは分からないでしょう。 しかもオリジナルのサイズのジジム、例え3万円でも安いと感じます。 これはそれにフルパイルの絨毯が付いています。 もし10枚見つかれば全てを買い取りますが、一枚だけしかありませんでした。 |
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| 4/ 2 | ピシニクのアンティーク・ヤストック。 カイセリの雑居ビルの一角にオーナーのコレクションを置いてありました。 基本的に販売しない方なので、陳列するわけでもなく、ただ積み重ねているだけです。 ドアを開けて初めて、「ああ、ここに絨毯があるんだ。」と分かる位。 トルコの絨毯屋は何処も同じであり、どうせ安物の絨毯だろうと思っていましたが、そういったものはほぼ皆無、どれもこれも珍しい物ばかり。 流石に生涯をコレクターとして過ごしてきたというだけの事はあります。 ピシニクの絨毯は多くが謎のまま、なぜ、ヤストックばかりなのでしょう? 以前、トルコ語の記事を読みましたが、その理由は書かれていなかったとお思います。 ただ、利用は分からなくても、ピシニクのヤストックは非常に優れているとのこと。 このデザインと色合い、何処かマラティアのシナンに似ていると思いませんか? シナンもヤストックが有名ですし、藍と赤色の組み合わせといい、背面の赤いキリム、糸質が良い点まで同じです。 シナンのヤストック絨毯はこれ程に高品質ではありませんが、何か通じるものがあります。 将来、その部族性なりが判明したら、きっと分る時が来ると思います。 |
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| 3/26 | テッケ族の中でも貴重なロイヤル・ブハラのサンドゥク(箪笥)品。 最初に掲載したヤムットと同時に買い付けました。 正直に言えば、これら買い付けに際して、実物を余り見ていませんでした。 諸般の事情により、カイセリとウルギュップ間を一日に何度も往復する事になり、友達の奥さんと子供が車の中で待っていました。 交渉する時間は短く、問題の無さそうな物を選びました。 オーナーに聞くと、テッケのサンドゥクルがあると言うので、「出してくれ」と頼んだところ、絨毯の大きな山をいくつ倒しても中々出て来ません。 次第に「嘘ではないか?」といぶかしく思っていた時、こちらが出てきました。 当時の画像、夜中の為、暗い画像がありました。
未使用品の所為かな?くらいにしか考えていませんでしたが、後で、シルクと分かりました。 今回、テッケの絨毯を偶々2枚ご紹介して、いずれもシルクが使われていました。 過去に扱った物にはたぶん無かった気がします。 いずれしても、高価な価格にもかかわらず購入し、値引きが一切なかったためこの販売価格です。 それでもイスタンブルで買うよりかは、これでもずっと割安な上、品物は遥かに良いものでした。 家宝になります。 |
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| 3/19 | トルクメニスタンはテッケ族の古い絨毯。 この一枚は別のオーナー、カイセリで古くからコレクターとして人生を送ってきた方、ピシニクのアンティークを買い付けたのと同じ方です。 買い付けたのは去年、残念ながら、全ての品物が高騰した後です。 オーナーには申し訳ないですが、トルココーヒーを頂く為だけに訪問しました。 ここのコーヒーはイスタンブルと違ってまた味わいが良く、口に残った粉をソーダ水で飲むのが爽快だからです。 友人も一緒にコーヒーを飲みに行こうと気軽に誘ってくれました。 それでも、行ったからには一応目ぼしい物を探しますが、かつて、目を付けていた物は全て売れてしまい、新規入荷のそこそこの物の価格はアンティークのチュアルが800ドルと、私の販売価格よりも高い。 諦めていた所、友人が絨毯の山を勝手に崩して、このトルクメンを掘り出してきました。 目の前に置いた瞬間、くたっとこなれていた事から、アンティークとまでは行かなくても古い物だろうと感じました。 実際、コンディションが素晴らしい。 房が欠ける事なく、スカート部分まで完璧に残っています。 唯一、虫食いのみが気掛かり。 ここ、カイセリでは当たり前の虫食いも、日本で販売する際には、幾分か割安な価格設定にしないとなりません。 参考までに、値段を聞くと意外な額。 考える時間が欲しいものの、イスタンブル行のフライトが迫っているので、ゆっくり思案する間もなく、去るしかありませんでした。 しかし、フライト中、空港からバスとトラムを乗り継いでスルタンアフメットに辿り着いた時には、かなりお買い得だと悟りました。 結果は、説明に記した通り、オーナーは原価から43%もの大幅な値引きして、「どうせ買わないだろう」と考えて、試していた訳です。 丁度、この店にいた時に、友人の他に、マンチェスター絨毯を売ってくれた人も同席しており、この二人が売るように迫ったのだと想像します。 これ以来、彼の店に行っても法外な価格を提示されるようになりました。 |
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| 3/12 | 今期の掲載には間に合わないと思っていた絨毯が届きました。 昨年買い付けた絨毯であり、買い付けた後、割と直ぐに準備は整っていましたが、発送に手間取りました。 イスタンブルの絨毯屋に発送を依頼していていたところ、不当な金銭を要求されたために、他の店に移送しました。 するとその店はあろう事か、更に二倍以上の金額をふっかけて来たのです。 その人は、今から40年位前に日本にキリムを紹介した大御所です。 日本の文化に理解があり、紳士的な人柄の彼ですらこうなのですから、他は推して知るべし。 諸悪の根源は、イスタンブルの観光地化。 絨毯屋に限らずとも土産物屋からレストランまで、何もかも全てがこんな感じの詐欺まがい行為だらけ。 タクシー等言うに及ばす。 観光でイスタンブルに行かれる際は、観光地では何も買わない、何も食べない、買うのは飲み水だけにしておいて下さい。 脱線しましたが、私の経由地でもあるカイセリ近郊でトルクメン数点を手に入れました。 例の顔の広い友人が、トルクメンを保有している絨毯屋を探してくれました。 到底、私の力では探し出せません。 当然、かつてトルクメン絨毯を販売していた時と比べてドルは1.5倍、関連する諸経費は2倍以上ですが、トルコ国内の不況の所為で、オーナーが原価で譲ってくれたため、価格は控え目に設定できました。 周知の通り、トルクメニスタンからの絨毯の持ち出しは禁止されていますが、この手の小さなサイズは旅行者がスーツケースに入れてこっそり持ち出すので、こうして極稀に良い物が見つかります。 ただ、その現地でもかなり品薄らしいため、今回掲載する物が本当に最後になると思います。 【追記】 掲載時にヤムットと記しましたが、おそらくテッケです。 理由は、非常に品質が高く、部族性を示すボーダー部分がヤムットとテッケの混合パターンで織られており、フィールドのギョルはテッケのもの。 加えて、経糸がヤムットに特徴的な張りのある毛質ではなく、テッケ特有の柔らかい経糸である事等が挙げられます。 この年代のトルクメン絨毯に見られる、いわゆる限りなくテッケに近い双方のハイブリッドパターンです。 |
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| 3/ 5 | アンティークのピシニクを数点手に入れました。 カイセリはおろか、トルコ中である程度知名度のある方で、普段は安売りしません。 紹介してくれた友人曰く、「現金が必要になったんだろう」と。 今から数年前、勿論、コロナの発生以前です。 当時、既に古いピシニク割高でしたが、今では400ドルから交渉が始まります。 このように書くと、余程良い物と思われるかもしれません。 しかし実態は、パイルは擦り切れて、穴も開いている物です。 安かろうと思って価格交渉しても350ドルと言われ、飽きれた口が塞がりません。 これらピシニクのアンティークは現地にも残っていません。 一部のコレクターが保有しているだけであり、ある意味、博物館的な意味を含めてご紹介出来る事が自慢です。 なお、これと同じタイプのオールド(ca311)を格安にご紹介していますので、参考にして下さい。 |
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| 2/26 | ピシニクのヤストック絨毯。 いくつかあるメジャーなパターンの一つで、ほぼ同じものがアンティークのヤストックとしても見つかります。 どの部族に属しているかは、ボーダーの模様で識別できます。 ただ、それ以上の事は分かりません。 これは、マラティアではなく、カイセリで手に入れました。 付加価値の高いアンティークならばマラティアでも買いたい人は多くいますが、オールドの場合、マラティアより大きな市場に持っていく事になり、それはカイセリです。 絨毯に限らず、人とモノの流れがそうなっています。 (いつもマラティアからバスに乗ってカイセリに向かいますが、そのバスはアンカラを経由して、イスタンブルまで行きます。) これら絨毯もカイセリの業者が手に入れた後、自らの得意先であるイスタンブルのより大手の業者に転売されます。 かつて私もそうした絨毯をイスタンブルの業者から仕入れていたため、原価が2倍になっていました。 今はカイセリで仕入れているのでこの価格に出来ました。 |
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| 2/19 | シャワック族の絨毯ヤストック。 マラティアで自慢のシャワック絨毯を見せて貰った時に、8割方がこのデザインでした。 一度だけ薔薇の様な形の紋章だった事がありますが、それは絨毯のデザインも何もかもが異質なものでした。 おそらく、このモデルはメインのシャワック部族によるものだと思います。 勿論、その部族でも他の模様を使う事も多々あったと思います。 それでも、この紋章を使う際には、自身の誇りを意識したのでしょう。 その名に恥じない精巧緻密な絨毯であり、裏面のキリムに至るまでフラットで、縞模様までもが美しい。 記憶は曖昧ですがカイセリのコレクターが選び抜いた中から私が選んで買ったシャワックです。 |
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| 2/12 | ピシニクのヤストック絨毯。 マラティア方面では、このピシニクとシャワックが最高のヤストック絨毯とされ、アナトリア全土を見てもその優位性は明らか。 もう少し大きめのお祈り用絨毯なら、もっとネームバリューの高い物もありますが、ヤストックとしては、一番のブランドです。 その名が示す通り、パイルの目が詰まっているだけでなく、伝統的なデザイン性、色合い等々、絨毯に必要とされる要件の殆どの項目で他より抜きんでています。 これも低価格で掲載しておりますが、完璧なピシニクのオールドはエシュメの小さなキリム位の価格になります。 私がまとめ買いしたので一点辺りは安く設定も可能ですが、あくまで経営努力によるもので、これほど完璧な物は応分の価格で売られます。 ピシニクへの理解を深めて頂くには、アンティークのピシニクをご覧になるのが一番、直ぐに、その素晴らしさに目を奪われるでしょう。 丁度、手元に何枚かコレクションに相応しい物が何点かあるので、後日、掲載を予定しています。 ただし、とても高価な価格で取引されているため、勿論販売しますが、その希少なりの高価な価格です。 実用品としては、この手のオールドの方が価格面でも、使い勝手の良さでも勝ります。 |
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| 2/ 5 | 最高品質のマンチェスター絨毯。 友人から「クッションカバーにしないか?アンティークのマンチェスターだ。」と誘われました。 しかし、大きな絨毯ならまだしも、お祈り用サイズでは加工する魅力も低く、とりあえず、他の機械織りやナイロン繊維の絨毯ばかりの中で異彩を放っており、欲しいと思ったのは間違いありません。 気が付くと、既にオーナーとの値切り合戦に突入している段階で、今更、「要らない。」とも言い出せず、成り行きを見守りました。 すると先方から最終価格の提示があり、それを無理やりに切り崩す「カイセリ値切り」で手に入れました。 先にご紹介したKing of Manchesterとほぼ同時に買い取りました。 結果的に、殆ど私と競り合う業者は無く、今思うと、誰も手を出そうとしない物を買ってしまうリスクはとても大きなものでした。 買う前に広げた状態を見た筈ですが、ほとんど記憶に残っておらず、むしろ、乱暴に丸めて置かれ、まるでゴミのようと思った事の方が記憶に残っています。 今だからこうして自慢話に出来ますが、一つ間違えばクッションカバーにする事すらままないない可能性すらありました。 今後とも、これを上回るマンチェスターは、まず見つかる事はないでしょう。 カイセリの歴史として地元の博物館なりに収蔵すべきだと思いますが、ローカルの博物館には余り良いものが無いのが現実。 代わりに、これを飾るとご自宅の一角が博物館のようになるでしょう。 |
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